渋滞にはまることもなく車はスムーズに走り、15分で透子のマンションに着いた。
車を止めると龍道コーチは後部座席に置いた透子のラケットから黄色い振動止めをはずし、自分のポケットから取り出した振動止めに付け替えた。

「こっちの方が取れにくい」

シリコン製の白い振動止めがガットにしっかりはまっている。

有難うと透子は笑みを浮かべたが、龍道コーチはちょと頷くだけで、「で、11年前の恩を返したいんだけど。何か欲しいもの言えよ」とぶっきらぼうに聞いてきた。

「ない」
「ない?」
「いらない。11年前なんてもう時効じゃない」
「そうはいかない。それじゃ俺の気が済まない。じゃ、とりあえず最高級レストランでディナーとか、ショッピングに行って好きなものを買ってやるとか、もしくは温泉旅行、海外旅行に連れていってもいい」
「ねえ、それってもしかして誘ってる?」
「まさか、そんなこと」

龍道コーチが目を細める。

「だよね」

そんなことあるわけがない。
自分で発した言葉に透子は笑ってしまった.

「そうだ、ひざ。ほら、一応女性の足に傷つけたから償わないと」
「一応じゃなくてれっきとした女性だけど、自分で勝手に転んだんだからいいわよ。この年になれば体も心もあちこち傷だらけだし。それよりそんな昔のことを思い出してくれて有難う」

じゃあまたと透子は車から降りて、運転席の龍道コーチに手を振った。
しかし龍道コーチは透子を見つめたままで、車はなかなか発進しなかった。