「ダッシュでお参りして戻ったのに、消えてた」
「ごめんなさい。寒かったし足も捻挫しちゃったからタクシーで帰ったの」
「あの後、恋愛は成就したのか?」
「しなかった。ちゃんと拝んでくれなかったのね」

まるで龍道コーチのせいだといわんばかりに透子は大げさにしょげて見せた。

「拝んだよ。自分の合格祈願よりちゃんとな。お賽銭だって奮発したし。神様もお手上げだったんだな、きっと」

考えてみれば祈願を頼んでおいてお礼も言わずに帰った方が失礼だったなと透子は今さら反省し、
「ごめんね。コーチは志望校に合格できたの?」と話題を変えた。

「ああ、イケメンだけどテニス以外も優秀だからな」
先ほどの言葉を根に持っているらしい。

「よかった、助けたかいがあった。それにしてもよく私だってわかったね」
「名前と顎のほくろでな。うっすら思い出したんだよ。別に思い出さなくてもよかったんだけど」

嘘だ。

本当は自分を助けてくれたまま姿を消してしまった女性を探したくても手立てがなく、ずっと気にかけていた。
だから水之透子という女性がイツキのクラスに入ったことを知ったときにはもしやという期待で興奮し、こっそり姿をのぞいて顎のほくろを見たときには幻の鳥を見つけたくらいに感激したのだ。
だから生徒を1人、上のクラスに押し出し、透子をむりやり自分のクラスに引き込んだ。
しかしその気持ちをうまく操作できずに、つい透子に厳しくしてしまう、というアンバランスな態度になっているというのが現状だ。

学生の頃はもっと素直だったはずなのに、美形の御曹司であるがゆえ、年を取るごとに、周囲の金目当ての接近や羨望、妬み、媚びなどにもまれているうちに、こんな――素直でなく、シニカル――な男になってしまったのだ。