「それがあるんだ。11年前だけど」

1週間前の記憶さえ薄れているのに10年以上前の記憶なんて原始時代の土器を掘り起こすようなものだけど、透子は11年前のおぼろげな記憶をたどってみた。

11年前の透子は23歳で、新卒で入社したてのまだ初々しいころだ。
龍道コーチは今29歳だから18歳。
学生だった龍道コーチと出会う機会なんてあるものか。

「勘違いしてない?」
「俺のこと助けたの、覚えてない?」

そんな記憶はまったくなかった。

「ない」

美少年を助けたなんて特殊な出来事を覚えていないはずがない。
幼少時代に遡ってもこんなきれいな男子に会ったことはないと、透子は龍道コーチの顔をまたしげしげと見た。
タルトのカスを口の横に張り付けていても、美男子度は1ミリも下がらない。

「人違いだと思う。私、コーチと違って特徴ないし」