「うそでしょ」
「すぐにバレる嘘ついてどうすんだよ」
「だって、まさかコーチが御曹司だなんて」
「まさか、ってなんだよ」
「それに普通、御曹司って本社の役職につくもんじゃないの? あ、もしかしてテニスとルックスしか長所がないとか?」
「違う、家の事情だ。ていうか、すげー失礼なやつだな」
「コーチに言われる筋合いはないと思うけど」

ムッとした龍道コーチが「食べないならもらうぞ」と透子のケーキにフォークを伸ばしてきたので、透子は慌ててチョコレートケーキが乗った皿を自分に引き寄せた。

初めて味わうパティスリーサラのケーキ。しっとりとしたチョコレートのスポンジの上にはチョコレートでコーティングされたムース、その上には薄い楕円のチョコレートとチョコでコーティングされたナッツで飾られている。

小さく切って口に入れると控えめなのに濃厚で上質なチョコレートの味が広がった。

「これまで食べたケーキの中で一番美味しい。ここまで連れてこられてよかったって勘違いするほど美味しい」
「それはよかった」
「で、本題。どうして私はここに連れてこられたの?」
「だから連れてくるつもりはなくて、金子さんが追って来たからだよ。あの人に見られると面倒なんだよ。拡声器並みにながーい尾ひれを付けて噂を広めるから」