「それ、もともと俺がサラのケーキのファンで、おふくろがその歌舞伎役者に差し入れするのに何がいいかって聞くから勧めたんだよ。おふくろ、その歌舞伎役者の大ファンでさ。で、彼もサラのケーキを気に入ったってわけ。どうせ今日も彼に差し入れするついでにうちに届けさせたんだろ」
「新さん、ご名答です」
絹子さんがおちゃめに人差し指を立てる。

「ということは、私がパティスリーサラのケーキを知るきっかけになった発信元は龍道コーチだったってこと?」
「だな。で、偶然にもその発信元の俺の家で初めてサラのケーキを食べるわけだ」
「あらー、なんだかご縁を感じますね」と絹子さんはくったくなく言って目を細め、「じゃあすぐ用意してきますね」と、パタパタと広い廊下の奥に消えていった。

龍道コーチに案内された部屋は、4人掛けのソファセットのほかに木材の丸いテーブルセットが置かれた10畳くらいの洋間だった。
開け放たれた大きな窓からは庭園が見渡せ、緑が美しく広がっている。
風が白いレースのカーテンを揺らし、窓際に立った透子の髪を梳いていった。
目をつむって息を吸い込むと若い緑の匂いが体に飛び込んできた。

あまりに心地がよくて、絹子さんがケーキとアイスコーヒーを運んできてくれたことにも透子は気づかなかった。