ペダルを踏むたびに初夏の風が勢いよく通り過ぎていく。
木々がなくなるとその先には美しく整備された日本庭園があり、その向こうには和モダンな旅館のように大きな3階建ての建物が現れた。
数メートル離れた並びには体育館のような四角い建物も見えた。
旅館のような建物をぐるっと回ったところで自転車から降りた龍道コーチの後ろについていくと、大きなガラス張りのエントランスに到着した。

「着いたよ」
「今通ってきたところすべて龍道コーチの家ってこと?」
「そう。本当はこっち側にも駐車場があるんだけど、緊急事態だったからやむなく裏から入った」

指紋認証で扉を開けるともう一つ扉が現れ、龍道コーチはチャイムを押してから今度はカードキーで重厚なドアを開けて中に入った。
60代前半くらいの元気そうな女性が「おかえりなさいませ」とにこやかに出迎える。
萌黄色の長袖のTシャツと白いパンツが若々しい。

「絹子さん、彼女、生徒の水之さん。話したいことがあって無理やり連れてきたんだけど、お茶持ってきてもらえるかな」
透子は慌てて「すみません、突然お邪魔して」と頭を下げた。
いらっしゃいませ、と絹子さんは透子に挨拶し「ケーキ、お好きですか?」と尋ねてきた。
「大好きです」と素直に答えると、絹子さんは「よかったわ。ちょうど今日はパティスリーサラのケーキがあるんですよ」と、嬉しそうに笑った。

「お!」
「パティスリーサラ!」
龍道コーチと透子は同時に声をあげた。

巷で話題のスイーツなどにとい透子だが、パティスリーサラのケーキは一度食べてみたいと思っていた。
テレビでとある歌舞伎俳優がここのケーキは毎日でも食べたいほど美味しいのだが、なかなか買うことはできないと絶賛していたからだ。

「お好きですか?」絹子さんに尋ねられ、そのことを話すと龍道が「あはは」と笑い、つられるように絹子さんもクスクス笑った。