「おい、誰が透子ちゃんを泣かせたんだ!」

じんわりした空気がドスのきいた声で破られ、全員びくっと肩を震わす。
いつの間にかテーブルの横に陳さんが立っていた。

「コーチが年増女に付きまとわれて困っているって透子さんのことを……」

告白の機会さえ奪われたのだからこれくらいの嫌がらせは許されるだろう。
田淵は龍道コーチを指差した。

「そんなひどいことを」

陳さんは白い上っ張りのポケットからスマホを取り出しワンプッシュすると耳に当てた。

「陳さん、どこに……」
龍道コーチが目を見開いて慄く。

「お前の会社への援助はすべてキャンセルすると親父に言ってやる」
「ちょ、ちょっとお願いだから止めてよ。俺、親父に海に沈められちゃうよ」
「そうか、だったら手際のいい始末人を紹介してやろう」
「いや、マジ、やめて」

龍道コーチが本気でおびえている。
会社への援助をキャンセル? 始末人の紹介? 
口は悪いが人の好い中華料理店の店主のはずだった陳さんはいったい何者か。
もしや裏の顔、というか本当は中国系マフィアのボスだったりして。
けどそんなところから支援を受けているとしたら龍道グループだってやばくないか。
透子と田淵の頭の中に黒い想像が駆け巡り、目だけは動くものの体が固まる。

「あ、そうだ」
陳さんは何かに気づいたようで、にっこりと微笑み、スマホを耳から降ろした。

「透子ちゃん、新ちゃんなんかやめなよ。もっといい男、紹介するから。うちの甥っ子は新ちゃんより男前だし資産家だよ。あと俳優のブルース・チャンなんてどう? 彼はとても優しくていい男」
「透子さん、すごいね。モテ期がきてるんじゃないの」

ようやく口を聞けるようになった田淵が透子に囁いた。