「とりあえず座ったらどうかな」

正面の空いているスツールを透子が目で指すと、返事の代わりにギュルルとお腹の音が響いた。

「向こうを発つ前からなんも食べてなくて腹ぺこだ。車も路駐してるし、場所を移そう」

龍道コーチは透子の手を引き歩き出し、田淵もそのあとを追った。

透子が予想していた通り、龍道コーチの車で連れていかれたのは天龍だった。
夕食にはまだ少し早い時間だったがすでに8割がた埋まっている店内を見渡し、龍道コーチは店の奥、厨房の前の丸テーブルに進んだ。
3人が席に着くとすぐに陳さんがやってきて「いらっしゃい」と透子に笑いかける。

「この間はありがとうね。とても助かったよ」
「こちらこそまたお土産いただいちゃって」

透子はまた立ち上がって頭を下げた。

「透子ちゃんの分はお金いらないから何でも好きなもの食べて。あ、でも新ちゃんいるからどうせ彼のおごりだね。じゃあ今度は一人できてね」

そういうと陳さんは厨房に戻っていった。

「どういうことだ?」

「先週末にまたお店を手伝ったの。前に天龍を手伝ったときに、もしまた人手がいるときには連絡してくれって言っておいたから」と答えながら透子は席に着いた。

ちょうど龍道コーチがいなくなった後で、透子も天龍で忙しく動き回って随分気が晴れた。
帰りに陳さんが持たせてくれた点心と焼きそばを食べながら、家でビールを3本空けた。

「そこまであの陳さんに頼られるとは驚きだ。俺でさえいまだに信頼されていないのに」

空腹だという龍道コーチが適当に料理を注文し、すぐに瓶ビールが運ばれてきた。
田淵がみんなのコップにビールを注ぎ、一応乾杯とグラスを合わせた後すぐに話の続きを始めた。

「で、さっきの話だけど、これまで3回会って24時間てことは1日8時間。1か月に週末の4回会うとすると32時間。30日は720時間だからあと約2年近くあることになる。コーチ、本当にそこまで付き合う覚悟はあるわけ? 中年女性の2年は大きいよ。そこまで透子さんをつなぎとめてその後どうするの?」

田淵が透子のためを思って抗議してくれているのはわかる。
けれど的を得すぎてあまりに直球すぎる田淵の言葉が透子の胸をひっかいていく。
1か月から2年に期限が伸びると聞いた時には正直胸の中がポッと明るくなった。
けれど龍道コーチはまもなく結婚するのだ。
これ以上付き合えるわけないじゃないか。