「なんかあった?」

落ち込んでいる様子の透子を田淵がグラス越しに覗き込む。
「別に」と答えたのにグラス半分ほど飲んだビールで気持ちが緩んだのか、不意に視界が曇った。
涙が零れ落ちないよう透子は瞬きをこらえた。

「どうしたの?」

けれど田淵の手が透子の頭にそっと置かれると、こらえきれずに涙が頬をつたった。

この涙はどこから来ているのだろう。

1か月の交際がふいに終わってしまったから? 
龍道コーチが結婚することになったから? 
それとも年増女のうわさが悔しいからか。

透子は龍道コーチとの交際が予定より早く終わったこと、金子さんから龍道コーチの結婚が決まったと聞いたこと、事実とは違う噂がスクールに広がっていることなどをざっと田淵に説明した。

「どれもたいしたことじゃないんだけど」
――なのにどうしてこんなに胸が疼くのだろう。

「僕の警告をきかないからだよ」

そう、その通りだ。
答えはわかっている。
龍道コーチを本気で好きになってしまったのだ。
好きにならずにいられなかった、その思いがぐるぐると渦巻いて透子の胸をしめつける。

田淵はうなだれた透子の頭に置いた手を下ろし、透子の濡れた頬を親指でぬぐった。

そうね、と顔を上げた透子の瞳を捉え、田淵は「僕じゃだめかな」と言った、いや、言おうとした。
しかし「僕じゃ」まで言ったところで肩に手が置かれ、田淵は振り返った。