一人が口を開く。彼はたしか、法務室室長のご令息だ。名前はわからないけど。
「最初に言っただろ、その子の証言だけでは証拠能力なんかないですよって」
「だが、リリンは実際ケガをしていただろ?」
「自作自演って誰にでもできるんだよ、殿下。君は真面目だから思いつかないのかもしれないけど」
なるほど、まじめも高じるとああなるのか。良かった私はまあまあ不真面目で。
どちらかと言えばジーク様のが真面目だけどあの人はそれなりに黒い貴族に揉まれて生きてきているから王太子より汚い考え方を理解しているはずだ。
反面教師にしようとしてはいるから心配はしてないけど。
「リリン・レーベル。君がどんなふうに殿下をそそのかしたかは知らないけど、裏では話がついているんだよ。今日大人の入場が遅かった理由もそれだ」
「え、えっ、なに、どうして……!? だってみんなだって……!」
「衛兵! この者を拘束しろ!」
唖然とする王太子とそこから引っぺがされるように連れていかれるレーベル嬢。
ざわつく会場ではやってきた大人たちが自分のこどもたちに駆け寄っていく。令息たちもおりてきて婚約者たちの手を取った。
ただひとり、フレデリカ様を除いて。
「あ、ふ、フレデリカ様! 私のハンカチで涙は吸いきれましたか!? ちょーっとあの、よく使うものなのであんまりパリッとしてなかったんですけど逆によく涙も吸えたんじゃ……ないかと……」
「う、う、うわあああぁぁん」
「わー! フレデリカ様ー!」
どうしよう! どうしようフレデリカ様を泣かせてしまった! しかも淑女にあるまじき大声での大号泣。
どうしようこんなところ見られたら公爵閣下に殺される……と思ったらもう目の前にいた。
詰んだ。終わった、アランスタイン家。
固まって公爵を見上げるとすごくすごく悲しそうな顔をした後にいつものキリッとしたお顔でフレデリカ様の手を取った。
まだわあわあと泣き続けているフレデリカ様の背中をぽんぽんとたたく姿は、昔みたゆきちゃんちのお父さんによく似ていた。