「さっきのところ痛くなかった? 大丈夫? 見せて」
脱がせた上半身はやっぱり大理石と同じ白さと滑らかさで、肉付きまで彫刻を写し取ったよう。
殴られた脇腹も、何一つアザにはなっていなかった。
「心配してくれてるの? うれしい。僕のことそんなに好き?」
むき出しの腕にくるまれる。
その体温はいつも、ほんの少しだけひんやりとしていた。
「違う。ふざけてないで早く着替えて」
新しい服を押しつけると、外に出て後ろ手にカーテンを閉めた。
人間離れしているのは容姿だけじゃない。
「じゃあ次はどこに行こうか」
店を出ると、彼は当たり前のように手をつなぐ。
私は私を引いて歩く横顔を見上げる。
「ルイはどこに住んでるの? 普段は何をしている人?」
「僕のこと、もっと知りたくなった?」
そう言って微笑む。
「あぁ、そうよね。自分のことは何一つ話さないのに、一方的に知りたいってのもフェアじゃないよね。私は今の……」
ルイの人差し指が私の唇をふさいだ。
「僕にとって君がどこに住んでいるかだとか、何の仕事をしているか、今は誰と住んでいるのかなんて、問題じゃないんだ。君が君でさえあればいいと思っている。それじゃダメ?」
「だ、ダメじゃないけど、私がよくない」
「どうして?」
強く手を引かれる。
ビル街を抜けた先にある夜の遊園地はキラキラとまぶしくて、大きな観覧車は夢の中にあるみたい。
「わぁ、きれいだね。真緒はアレに乗りたい?」
首を横に振る。そんなことで話を誤魔化されたくはない。
「ルイは私のことが好きなの?」
「そうだよ」
「どうして?」
「前も言った。遺伝子に組み込まれたプログラムだって」
「じゃあ私は? 私も、遺伝子に組み込まれたプログラム?」
白い指先は私の頬を撫で髪をかき上げる。
「だとしたら、どれだけ幸せだろう」
彼は遊園地を取り囲む柵の上に腕をのせ、そこに頭をのせた。
綺麗な顔は悲しげに微笑む。
「ルイはどこから来の?」
「未来」
「私に会いに?」
「そうだよ」
握りしめた柵は少しひんやりとしていて、それは彼の体温を彷彿させる。
「僕のことをもっと知りたくなった? それとも怖い? それで僕を好きになってくれるなら話してもいいし、嫌ならもう話さない」
「あなたの素性は関係ないってこと?」
「本当に好きならね」
自分の気持ちだって自分で分からないこともあるのに、ましてや他のヒトの気持ちなんて分からない。
私はもう既にあなたをほんのわずかでも好きだってことに、彼は気づいていない。
「それがルイにとっては、一番大事なこと?」
「そうだね。だって、そのために来たんだもの」
両腕に顎をのせたまま、彼はもぞもぞと近づく。
私はゆっくりと言葉を選ぶ。
「もしそのためにあなたがここに来ているのだとしたら、未来の私はあなたを好きじゃないってことになるよ」
彼の目がじっと私を見つめる。
それは何かを言いたいようにも、言いたくないようにも思えた。
「それに対する答えを、僕は持ってない」
彼は柵にもたれていた背を伸ばした。
「もう帰ろう。君も疲れたでしょ。そこの駅まで送るよ」
歩き出す背を振り返る。
彼を傷つけてしまったのかもしれない。
「待って。あなたは何者なの? どうしてわざわざこんなことをしているの?」
追いかけて手を伸ばす。
届いたそれにつかまった。
「僕をもっと知りたくなった? 知りたいってことは、やっぱり僕のことが好きなんだよね」
くるりと振り返ったこのヒトの表情からは、何も読み取れない。
「『未来の私はあなたを好きじゃない』ってことは、『今の君は僕を好き』ってことなんでしょ?」
見上げた私に、ようやく微笑んだ。
「本当の僕を知っても、好きでいてくれる?」
夜の遊園地から、ジェットコースター発車の合図が聞こえる。
観覧車は回り続ける。
「それが本当に、私の遺伝子に組み込まれたプログラムなら、きっとそうなるんじゃないの? そのことにルイは、自信がないの?」
もしそれでこのヒトが不安になるのなら、私はその先を聞かない。
「自信はあるよ」
白く大きな手が髪を撫でた。
指先ですくい取られた髪の束はさらさらと流れ落ちる。
「本当に僕を好きだったと、信じている。髪も眼も肌も心も、全て僕のものだった。だからもう一度、どうしても確かめたいんだ」
「私は好き。あなたが」
そう言ったのに、ルイは笑った。
「ふふ、ありがとう」
唇を寄せる。
彼は私の頬にそっとキスをした。
「じゃあ少し長くなるけど、聞いてくれる?」
夜風がふわりと横切った。
彼は一つため息をつく。
夜間営業の遊園地の外で、彼はゆっくりと話し始めた。
脱がせた上半身はやっぱり大理石と同じ白さと滑らかさで、肉付きまで彫刻を写し取ったよう。
殴られた脇腹も、何一つアザにはなっていなかった。
「心配してくれてるの? うれしい。僕のことそんなに好き?」
むき出しの腕にくるまれる。
その体温はいつも、ほんの少しだけひんやりとしていた。
「違う。ふざけてないで早く着替えて」
新しい服を押しつけると、外に出て後ろ手にカーテンを閉めた。
人間離れしているのは容姿だけじゃない。
「じゃあ次はどこに行こうか」
店を出ると、彼は当たり前のように手をつなぐ。
私は私を引いて歩く横顔を見上げる。
「ルイはどこに住んでるの? 普段は何をしている人?」
「僕のこと、もっと知りたくなった?」
そう言って微笑む。
「あぁ、そうよね。自分のことは何一つ話さないのに、一方的に知りたいってのもフェアじゃないよね。私は今の……」
ルイの人差し指が私の唇をふさいだ。
「僕にとって君がどこに住んでいるかだとか、何の仕事をしているか、今は誰と住んでいるのかなんて、問題じゃないんだ。君が君でさえあればいいと思っている。それじゃダメ?」
「だ、ダメじゃないけど、私がよくない」
「どうして?」
強く手を引かれる。
ビル街を抜けた先にある夜の遊園地はキラキラとまぶしくて、大きな観覧車は夢の中にあるみたい。
「わぁ、きれいだね。真緒はアレに乗りたい?」
首を横に振る。そんなことで話を誤魔化されたくはない。
「ルイは私のことが好きなの?」
「そうだよ」
「どうして?」
「前も言った。遺伝子に組み込まれたプログラムだって」
「じゃあ私は? 私も、遺伝子に組み込まれたプログラム?」
白い指先は私の頬を撫で髪をかき上げる。
「だとしたら、どれだけ幸せだろう」
彼は遊園地を取り囲む柵の上に腕をのせ、そこに頭をのせた。
綺麗な顔は悲しげに微笑む。
「ルイはどこから来の?」
「未来」
「私に会いに?」
「そうだよ」
握りしめた柵は少しひんやりとしていて、それは彼の体温を彷彿させる。
「僕のことをもっと知りたくなった? それとも怖い? それで僕を好きになってくれるなら話してもいいし、嫌ならもう話さない」
「あなたの素性は関係ないってこと?」
「本当に好きならね」
自分の気持ちだって自分で分からないこともあるのに、ましてや他のヒトの気持ちなんて分からない。
私はもう既にあなたをほんのわずかでも好きだってことに、彼は気づいていない。
「それがルイにとっては、一番大事なこと?」
「そうだね。だって、そのために来たんだもの」
両腕に顎をのせたまま、彼はもぞもぞと近づく。
私はゆっくりと言葉を選ぶ。
「もしそのためにあなたがここに来ているのだとしたら、未来の私はあなたを好きじゃないってことになるよ」
彼の目がじっと私を見つめる。
それは何かを言いたいようにも、言いたくないようにも思えた。
「それに対する答えを、僕は持ってない」
彼は柵にもたれていた背を伸ばした。
「もう帰ろう。君も疲れたでしょ。そこの駅まで送るよ」
歩き出す背を振り返る。
彼を傷つけてしまったのかもしれない。
「待って。あなたは何者なの? どうしてわざわざこんなことをしているの?」
追いかけて手を伸ばす。
届いたそれにつかまった。
「僕をもっと知りたくなった? 知りたいってことは、やっぱり僕のことが好きなんだよね」
くるりと振り返ったこのヒトの表情からは、何も読み取れない。
「『未来の私はあなたを好きじゃない』ってことは、『今の君は僕を好き』ってことなんでしょ?」
見上げた私に、ようやく微笑んだ。
「本当の僕を知っても、好きでいてくれる?」
夜の遊園地から、ジェットコースター発車の合図が聞こえる。
観覧車は回り続ける。
「それが本当に、私の遺伝子に組み込まれたプログラムなら、きっとそうなるんじゃないの? そのことにルイは、自信がないの?」
もしそれでこのヒトが不安になるのなら、私はその先を聞かない。
「自信はあるよ」
白く大きな手が髪を撫でた。
指先ですくい取られた髪の束はさらさらと流れ落ちる。
「本当に僕を好きだったと、信じている。髪も眼も肌も心も、全て僕のものだった。だからもう一度、どうしても確かめたいんだ」
「私は好き。あなたが」
そう言ったのに、ルイは笑った。
「ふふ、ありがとう」
唇を寄せる。
彼は私の頬にそっとキスをした。
「じゃあ少し長くなるけど、聞いてくれる?」
夜風がふわりと横切った。
彼は一つため息をつく。
夜間営業の遊園地の外で、彼はゆっくりと話し始めた。