──エドウィンは過保護だ。
 やれやれと密かに呆れながら、リアは暗い路地に足を踏み入れた。
 市庁舎のある中央広場や表通りとは違って、郊外の街並みは殺風景かつ陰気臭い。近くに貧民窟があるおかげで、うろつく人々の顔つきは総じて悪い。すれ違う者の財布を虎視眈々と狙う眼差しは、まさしく犯罪者である。
 ──うん、でもやっぱりこの辺めちゃくちゃ物騒なのかもしれない。
 今更になって周囲の空気をしっかりと把握したリアは、冷や汗をかきながら後ろを窺う。
 そこには腰に携えた剣に手を掛けたまま、鋭い視線を巡らせるエドウィンがいた。リアと話していたときの穏やかな彼ではない。その眼光だけで殺されそうな気がしたリアは、さりげなくフードを摘まんでは引き攣った頬を隠した。

「……あ、こ、ここよ」

 危うく通り過ぎるところだった。
 例に漏れず縦に長い家屋を見上げ、リアは木製の扉に手をかける。
 いつもと変わらない、軋んだ開閉音。
 それなのにエドウィンがしつこく脅してきたせいで、少し不安になってきた。中に誰か知らない人がいたらどうしよう、とリアが乾いた唇を噛んだ時だった。

「リア」
「え?」

 不意に右手を掴まれ、後ろへ引き寄せられる。背中越しに回された腕は強く、リアの体をすっぽりと包み込んでしまう。
 仄かに鼻腔を擽る柑橘の香りに、かっと頬が紅潮したのも束の間。
 ──目の前でけたたましい音を立てて、大きな影が倒れ込む。
 瞬時に熱が引っ込むと同時に、リアは宿の中に潜んでいた見知らぬ男を認めて青褪めた。

「ぎゃあー!? あんた誰!?」

 腕の中で絶叫するリアに構わず、エドウィンは彼女を更に引き寄せて不審者と距離を取る。
 引き抜かれた鉄の刃が月光に煌めくと、それを見た男が忌々しげに舌を打つ。

「ちっ、何で男がいるんだ、薬師の女一人だと思ったのに」
「夜盗か。彼女の部屋から盗ったものがあるなら、今すぐ出せ。そうすれば命は取らない」
「はあ? ガキが調子乗んじゃね──」

 ぶん、と風が吹いた。
 リアの前髪は上へ煽られただけだったが、見知らぬ男の前髪はいつの間にか、真っ直ぐに切り落とされてしまっていた。
 言葉を失っている男の眼前に、剣の切っ先を容赦なく突き付けたエドウィンは、先程と変わらぬ冷静な声で告げる。

「もう一度言う。盗んだものを出せ」

 がくがくと足を震わせながら頷いた男は、慌ただしく上衣の内側に手を突っ込む。
 そこでリアは、その男が昼間に薬を買い求めてきた客だと気付いてしまい、つい額を覆う。あのとき既に目を付けられていたのかと、エドウィンの忠告も含めて深く反省しようとした。

 ──ぼと、と地に落ちた自分の下着を見るまでは。

 微かにエドウィンが剣先を鈍らせたことを知り、思考停止していたリアの全身が沸騰するように熱くなる。

「な、なっ、何を盗んで何処に隠してんのよ変態!!」

 思わずエドウィンの腕から抜け出して男の顔面を引っ叩けば、また一枚シュミーズが落ちる。悲鳴を上げてもう一発殴ってしまった。
 てっきり調合済みの薬品を盗まれたのかと思って怯えていたら、出てくるのは下着ばかり。ささやかな金品には目もくれず、本当に下着だけだ。筋金入りの下着泥棒ではないか。

「は……リア、落ち着いてください」
「おおお落ち着いてられますか! ていうかエドウィンも見ないで!」
「は、はい、見てないので」

 弾かれたように目を覆ったエドウィンを視界の端に留めつつ、リアは手早く下着を拾って宿の中にぶん投げる。勢いよく扉を閉めたときには既に、下着泥棒は情けない声を上げて路地裏へ逃げ込んでしまった。
 次会ったら火炙りにでもしてやろうかと物騒な思考を持て余し、彼女はその場に崩れ落ちる。

「……もうあの下着捨てよ……いや、燃やそう……」

 節約のため衣類は何度も洗って使うべきなのだが、こればかりは気持ち悪くて着れそうにない。
 要らぬところで出費が嵩むことを嘆きつつ、そしてエドウィンにまで下着を見られたことに羞恥で死にそうになりつつ、リアはよろよろと腰を上げたのだった。