石室がどうして薄明かりに照らされていたのか、その輝く剣を見て理解した。
 リアが作ったアミュレットと同じ、七彩を放つ白き刃。周囲の光を必要とせず、自らの力で発光する神々しい剣を一瞥し、獅子が静かに語る。

「……知らぬ間に、誰かがこの剣を台座から抜き取ってしまったようでな。おかげで全く眠れない」

 戸惑いを露わに獅子の見た先を確かめると、剣を突き刺すための台座があった。しかしそれは半分ほど崩れており、刃を支える機能を既に失っている。
 ──この剣が、獅子の影獣を眠らせていたということだろうか。
 いや、もしかすると影の精霊をも遺跡の底に封じ込めていたのかもしれない。これが四大精霊の力を有する剣ならば、十分に有り得るだろう。
 じっと剣を見詰めてから、恐る恐る歩を進める。言葉に従う姿勢を見た獅子は、満足げな様子で静かに笑った。

「そうだ、それでいい。絶望を捨てろ、お前は元に戻れるんだ」

 剣の柄に前脚を置く。
 刃が燦然(さんぜん)と煌めくと同時に、暖かな光が全身を包む。視界をぼんやりと覆っていた黒い靄が、一斉に浄化されては溶けていく。
 五本の指でしっかりと柄を握り込み、人の姿へと戻ったエドウィンはよろめきながら立ち上がった。
 獅子は青年の顔を認めるなり、翠色の双眸を穏やかに細めたのだった。

「若者よ。私をその剣で斬ってはくれんか。さすれば影は私の血を辿れなくなる」
「しかし、あなたは……」
「よいのだ。私はもはや人間ではなくなった。肉体も残っておらぬ。思い残すことなど……いや」

 ひとつ間を置いて、獅子は喉の奥で笑う。

「出来れば兄上と、我が友に会いたかった。この姿では陽の下に出られんからな」
「……ならば、僕が言伝(ことづて)を。──ハーヴェイ様」

 エドウィンが紡いだ名前に、かつての英雄は懐かしむように唸った。
 変わり果てた姿なれど、その瞳は公子セシルや現大公デリックのものと酷似している。彼はまさしく、二十七年前に忽然と消えたハーヴェイ・オルブライト=メイスフィールドだ。
 そして、彼の持つ柔らかな声は──クルサード皇帝、つまりは実兄シルヴェスターとそっくりだった。

「言伝か。ふむ、迷うな。……兄上には、心配を掛けたと伝えてくれ。あなたと共に国のため奔走した日々は、とても楽しかったと」
「はい。必ず」
「我が友ヨアキムは……ううむ、どこにおるか知らんが……傷は癒えたか、とだけ」
「傷……?」
「もしも会えたらで構わぬ。奴に謝罪を」

 後悔するような声音と、それについて深く言及する気がないことを悟り、エドウィンはしかと頷く。
 白き剣を握り直せば、ハーヴェイの瞳が祭壇の下へ注がれる。しかしそれはほんの一瞬のことで、再び視線をエドウィンに戻した獅子は些か早口に告げた。

「若者、お前の他に誰かいるのか」
「え……はい、つい先程はぐれてしまったのです」
「ならば急げ。私を斬った後、剣を持って遺跡の外に出ろ。影どもの様子がおかしい」

 ──リアが危ない。
 エドウィンは大きく目を見開いたのち、獅子に促されるまま、苦渋の表情で剣を振りかぶったのだった。


 □□□


 髪を軽く引っ張られる感覚に、リアはふと目を覚ます。
 すぐそばに何かがいる。ひそひそと耳に囁きかけては、彼女の意識を確かめている。
 ──起きないと。
 濡れた服が体温を奪ったのか、ひどく悪寒がした。朦朧とした頭を振り、冷たい石畳に手のひらを突く。しかし、リアは気怠さに負けて再び地に伏してしまった。
 逸る気持ちのまま、右手で腰の辺りを探る。ポーチの蓋を開ければ、からころとジェムストーンが落下して音を立てた。瞳を動かして火のアミュレットを探してみたが、何故か橙色の輝きを見つけることが叶わない。
 否、それ以外のジェムストーンも精霊の加護をことごとく失い、闇の中に紛れてしまっている。

「……不味いかも……」

 口から零れた弱音を聞き捉えたのか、周囲にいる影の精霊が距離を詰めてきた。
 不安、恐怖、諦観、そういった感情が好物の彼らにとって、今のリアは格好の餌だ。
 誰にも助けを求められない。いや誰も助けには来られまい。精霊に対処すべきは自分だったのだから──。
 そこでリアはせめてもの足掻きとして、ナイフを懐から引き抜く。三つ編みを肩の辺りから引き裂き、太い毛束を鷲掴みにした。

「これで勘弁、してよっ!」

 それを勢いよく上へ投げると、釣られるようにして闇が浮く。微かに見えた周囲の景色を頼りに、リアは重い体に鞭打って駆け出した。階段を半ば滑るように下りては、広い溝を何とか飛び越える。水溜まりの飛沫を感じながら後ろを振り返れば、三つ編みを全て食らい尽くした影の精霊がリアを追って来た。
 慌てて遺跡の入り口を目指して走り出すものの、水に足を取られたリアは呆気なく躓いてしまう。
 ──もう駄目だ。
 頭を抱えて小さく蹲る。耳元で紫水晶が揺れた瞬間、その輝きを奪わんとする勢いで影が襲いかかった。

「──凪に燃ゆる裁きの紅炎よ、猛る闇を祓いたまえ!!」