「な、何なの、その司教! そのためにエドウィンにいちゃもん付けて拘束したってこと!?」
「まぁ、そうだね」

 ムイヤール司教の姑息な計画を聞いて、リアは腸が煮え返る思いで眦を吊り上げた。
 二十五年前の魔女狩りと同じだ。自分にとって都合の悪い存在を魔女に仕立て上げ、大勢で寄ってたかって虐げ、最後には善神イーリルの正義を謳う。己の正当性を厚かましく主張するついでに、教会へ逆らう者をも減らせるのだから一石二鳥だろう。
 ──善神の輩が聞いて呆れる。
 大巫女ユスティーナが過去に吐き捨てた通り、あの惨劇は悪魔を裁くための聖業などではなく、人間の欲と悪意にまみれた恥ずべき行いだ。ムイヤール司教の行動が、それをはっきりと物語っていた。
 リアの固く握り締めた拳を一瞥し、ふとアスランが悪戯に囁く。

「……で、僕はそんなアホ司教が馬鹿をやらかす瞬間を見届けなきゃならない」
「へ?」

 たった一文に二つも暴言を織り込んだ彼は、しかして詳しい事情を口にはせず、リアの怒りを宥めるように肩を摩った。そうしておもむろに顔を近づけたかと思えば、にこりと白々しい笑顔を浮かべる。

「安心しなよ。お前はどうやらこっち側の人間みたいだから──とりあえず衛兵に突き出すのはやめてあげよう」
「突き出すつもりだったんですか……!? あっ、だからさっき置いて行こうとしたのね」

 リアの恨みの籠った言葉は華麗に無視して、アスランが居住塔を目指して歩き始めた。
 彼は一体どういう立場なのか。西方教会やクルサード帝国の内情をよく知っている口振りから、皇室や教会から派遣された監査官という線は勿論、全く無関係な他国の密偵という線もある。どちらにせよ、彼もエドウィンと同じく非常に戦い慣れていることには違いないので、捻じ伏せられては堪らないとリアはそれ以上の不満を慎んでおいた。

「さて、囚われのゼルフォード卿をさっさと迎えに行こうじゃないか。早くしないと司教が拷問でも始めそうだし」
「んな……!? 物騒なこと言わないでください!」

 縁起でもないことを平然と垂れ流す青年の後を、リアは小さく咎めつつ追いかけたのだった。


 幼い頃から無駄に走り回っていたおかげで、リアは青年の脚に置いて行かれることもなくアズライト宮を脱し、庭園を駆け抜けては件の居住塔へ辿り着いた。
 それまでの道中、やはりアスランは鉢合わせた教会騎士を容赦なく蹴散らしていたのだが、出会い頭に槍で顔面を殴り飛ばす先手必勝法はまさに鬼畜の所業であった。精霊術と脚力以外は一般女性であるリアが、それを事前に制止できるはずもなく。

「あの、アスランさん、いくら何でもやり過ぎじゃあ……」
「アズライト宮の兵士には手を出してないよ?」
「え。そ、そうだったっけ」

 言われてみればそうだったかもしれない。なにぶん遭遇してから殴り倒すまでが一瞬なので確認する暇がなかった。

「いや違う違う、どっちにしろ暴力じゃないですか」
「はは」
「ははじゃないですよ」

 リアとアスランは居住塔の階段室に足を踏み入れ、松明が灯された薄暗い螺旋階段を駆け上がった。ぐるぐると狭い空間に軽く目を回していると、先導していたアスランが何かを見付けた様子で立ち止まる。

「お、ここかな」

 開け放たれた木製の扉。その隙間にするりと体を滑り込ませた彼に続き、リアも恐る恐る頭を覗かせてみた。
 ──刹那、凄まじい剣戟の音が耳をつんざき、リアは悲鳴を上げて尻餅をつく。

「ひゃああ!? 何!?」

 扉に隠れるようにして後ずされば、ようやく二つの人影が武器を交えさせている光景に気付いた。
 先手を打たれたにも関わらず、急襲を見事に槍で防いで見せたアスラン。それに対するは怪訝な表情で青年を睨み、更に剣を押し込もうとする体格のよい騎士──。

「あ!? ト、トラヴィスさん!」
「……オーレリアっ?」

 リアが裏返った声で呼びかければ、トラヴィスの剣呑な眼差しから殺気が失せた。しかしながら目の前の青年については警戒を解くことはせずに、そのまま剣を握る手に力を込める。

「この男は誰だ? さっきから何件も侵入者に暴行を受けた報告が来てるんだが、まさかお前たちのことか」
「あああ、それは主にその人のせいですね!!」
「わぁ、酷いな。僕たち共犯じゃないか、一緒に捕まろうよ」
「私のこと見捨てようとしてた人が何を……!」

 二人がやいのやいの言い合っている傍ら、トラヴィスはじっと青年の顔を凝視していた。やがて彼は段々と眉間に皺を寄せ、非常にゆっくりとした動きで構えを解く。剣先が完全に床へ向く頃には、トラヴィスの表情は少々青褪めてしまっていた。

「あれ……トラヴィスさん? どうしたんですか?」
「オーレリア。……彼の名は何と?」
「え。アスランさん、ってお聞きしましたけど……? あ、私もよく知らなくて! エドウィンが教会の人に拘束されたって聞いて慌ててたら、一緒に助けてくれると、だからそのぉ……不法侵入を見逃してくれとまでは言わないけど、どうかご容赦をですね……」

 リアが一人でうだうだと許しを乞う姿から視線を外し、トラヴィスは何とも引き攣った顔でアスランを見詰める。言いたいことを喉元で無理やり抑え込んでいるような彼に、アスランはへらへらと笑い、人差し指を唇の前に立てた。