「ゼルフォード伯爵が拘束!?」
「なんてこと!」
「ああ……」

 この世の終わりだとばかりに額を押さえ、大公宮の庭に集まっていた令嬢たちは一斉によろめく。彼女らの他にも、アズライト宮に程近い場所では騒々しい空気が絶えず、皆が動揺と困惑を露わに顔を見合わせていた。

「……え……どゆこと……」

 そんな中、しれっと人混みに紛れ込んでいたリアは、彼らよりも一層青褪めた顔で呟き、手に握った小さな麻袋を見詰めた。

 ──リアが大公宮へ到着したのはつい先程のこと。
 本当は伯爵邸で留守番をしている予定だったのだが、どうしてもエドウィンに報告したいことが出来てしまい、慌てて後を追いかけてきたのだ。
 自分で出来る限り身なりを整え、グレンダに頼み込んで馬車を借り、迷子になりそうだったので大公宮前にいた見知らぬ青年に道を尋ね、ようやくここまで来たと思ったらこの騒ぎである。

「よ、ようやくアミュレットが出来たのに……もしや間に合わなかったの……!?」

 そう、リアは四大精霊のアミュレットを気合いで完成させ、興奮冷めやらぬまま全力でエドウィンの元へ届けに来たのだ。興奮しすぎて師匠に「私にも作れたぞ!!」と喜びの伝言まで送ってしまったのに、一体何がどうなっているのか。
 人がいる場所でエドウィンが影の獣になってしまったのだろうか? いや、姿の変化は決まって夕方から夜中にかけて起きるのだから、その可能性は低いはず。だとしたら何故エドウィンは拘束されてしまったのだろう?

「うう、どうしよう、引き返した方がいいかな……? でもお守りは渡しておかなきゃ──どうやって?」
「何の騒ぎ?」
「あっ」

 庭園の隅で右往左往していると、ポンと肩を叩かれる。困り果てた顔で振り返れば、そこには先程リアに道案内をしてくれた青年がいた。
 瞼が見えるか見えないかといった具合にまで伸ばされた、野暮ったい焦げ茶色の前髪。眠たげな鳶色の瞳は、落ち着きのない大公宮の様子を不思議そうに窺っている。やがてその視線がこちらに戻される頃を見計らって、リアは小さく口を開いた。

「わ、私にも何が何だか……」
「知り合いには会えそう?」
「それが、その人が拘束されちゃったとか皆話してて」
「へえ、罪人なの?」
「違います!」 

 何てことを言うんだとリアが憤慨しても、青年は何処吹く風だ。適当に相槌を打っているのが丸分かりで、話している間も呑気に欠伸をかます。
 最近はずっと礼儀正しいエドウィンと接していたおかげか、その態度はリアの目に何ともだらしなく映った。──師匠よりはマシだが。

「あの、……アスランさんでしたっけ」
「何?」
「アズライト宮に自由に出入りできる身分だったりします?」
「そうだったりそうじゃなかったりする」
「どっちよ!」

 話しかけた時点で何となく感じていたが、彼──アスランは面倒臭い。とにかく真面目に会話をしてくれないのだ。道案内一つ頼むのも非常に時間を食ったし、当たり障りない世間話も弾まないし、リアからの質問には妙な返しばかりする。人との会話にこれほど苦労したのは初めてだった。
 しかしここでアスランと遊んでいる暇はない。リアはアミュレットを入れた麻袋を差し出して、出来るだけ真剣さが伝わるよう、力強く訴える。

「これを知り合いに届けたいんです。中に入れるよう手伝ってくれませんか」
「ああ、それずっと握ってたけど何なの?」
「大事なものです! 物凄く大事なもの! これが無いと知り合いが大変なことになるんです!」
「ふぅん。ヤバいクスリとか?」
「だぁーっ違う! もう良いです、自分でどうにか忍び込んでやります!」
「堂々たる不法侵入宣言」

 感心したような声に背を向けたのも束の間、リアはすぐさま肩を引き戻されてしまった。ぎょっとして顔を後ろへ向ければ、鳶色の瞳が不敵に笑う。

「退屈しのぎに丁度いい。僕が手伝ってあげよう、不法侵入」
「え。いや、普通に入れるならそっちが良いんですけど」
「これ貸しにしておくからよろしく」
「待って、不安しかない、やっぱり結構ですちょっと待ってぇ!!」

 変な男に声を掛けてしまったと後悔しても、時既に遅し。リアは焦りを孕んだ声で叫びながら、ずるずるとアズライト宮の方へ引き摺られたのだった。