強かに打った頭を両手で押さえ、リアは顔を赤くしたり目を回したり散々な状態でエドウィンを見返す。
「だ、抱き締めても！？ 何どういうこと！？」
「あ、いえ……決して邪な気持ちは、ないと言っても説得力は皆無でしょうし、実のところあるのかもしれないですけど」
彼は真面目な表情でぶつぶつと語っては、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
リアの長い黒髪の先を掬い上げ、エドウィンは恭しく唇を寄せる。貴公子然とした仕草に慄き、リアが更に両脚を折り畳んで縮こまる傍ら、当人は構うことなく自嘲気味に口を開いた。
「……獣に姿が変わろうというとき、誰かがそばにいてくれたのは初めてでした」
「！」
「いつもは影に呑まれてしまえば、何も見通せない暗闇と、冷たい静寂しか感じられなかったのですが……」
瞼を閉じているのか、開けているのかすら分からぬ漆黒。
耳殻を根こそぎ抉り取られたかのような深閑。
放り込まれた黒闇に、垣間見えるおぼろげな外の景色。朦朧とした意識でその光を搔き集め、エドウィンはただひたすら呪いが治まるのを待つしかなかったという。
だが今日は──。
「あなたの声と温もりがありました。すぐ近くに」
「……あ、私、何回も呼んでて」
「ええ。それがとても安心して、嬉しくて」
はらはらと落ちゆく打ち垂れ髪を伝い、やがて指先がリアの衿上に触れる。
そうして彼女の頬を包む手つきは、まるで見えない存在を確かめるように慎重だった。
「……少しで構いませんので、お付き合いいただけませんか？」
「え、う……」
どう答えたものかと逡巡したリアは、頬に触れる手が冷たいことに気付く。それは何も、先程から火照って仕方ない肌のせいなどではなく。
呪いの影響だろうかと考えるより先に、彼女の顎は下へ沈んでいた。
しかし自ら起き上がって抱擁を待つような度胸はなく、リアは背後にあるクッションを盾にしようとしたのだが。
「ぅぶ」
一足先にエドウィンの腕が背中に差し込まれ、仰向けのままやんわりと抱き締められてしまった。
手も足も顔面も強張らせているリアとは対照的に、エドウィンはひどく落ち着いた様子でゆっくりと息を吐く。またもや首元に熱が集まったところで、そこに彼の顔が埋められた。
「……図書館でも思いましたが」
「わっ、な、何？」
大きな声で驚いてしまったリアに、彼は笑いながら続ける。
「いえ、ただ華奢だなと」
「そりゃ、エドウィンに比べたら……あっ、こんなんじゃ頼りない？ 筋肉があった方が患者にも舐められないものね」
「このままで大丈夫ですよ。頼りないなど、とんでもない」
「そ……う？」
エドウィンが笑みを引き摺りながら体を起こす。ようやく羞恥が引くと同時に、リアは不思議と惜しい気持ちになる。
朝日を浴びて目覚め、心地よい微睡みの中に居座っていたら、突然毛布を剥ぎ取られたような──そんな感覚に似ていた。もっと他にぴったりの気持ちがあるように思えるが、リアにはそうとしか表現できない。
「もういいの？」
「まだ良かったんですか？」
「えっ！？ やっぱり駄目、もうおしまい！」
遠慮なくと言わんばかりに身を屈めたエドウィンの肩を、危うく受け入れかけては咄嗟に押し返す。
しかし元々本気ではなかったのか、彼はくすくすと笑みをこぼしては「残念です」と引き下がった。
「ありがとうございます、リア。やっと落ち着きました」
「それなら良かったけど……今日はもう休んだら？ トラヴィスさんは明日の朝また来るって言ってたし」
「……そうですね」
「うん、呪いについては起きてから考えましょ。ほら行った行った！」
「え、待ってください。ベッドはあなたが使ってくださ」
「何言ってるの、患者はちゃんとしたベッドで寝なきゃ。私はカウチで寝るわ」
「いえ、別に病人でもないですし──」
その後どちらがベッドを使うか使わないかで言い合う内に、痺れを切らしたリアが「じゃあ一緒に寝る！？」とやけっぱちに寝室までエドウィンを引き摺ろうとしたところで、ようやく彼が折れたのだった。
「だ、抱き締めても！？ 何どういうこと！？」
「あ、いえ……決して邪な気持ちは、ないと言っても説得力は皆無でしょうし、実のところあるのかもしれないですけど」
彼は真面目な表情でぶつぶつと語っては、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
リアの長い黒髪の先を掬い上げ、エドウィンは恭しく唇を寄せる。貴公子然とした仕草に慄き、リアが更に両脚を折り畳んで縮こまる傍ら、当人は構うことなく自嘲気味に口を開いた。
「……獣に姿が変わろうというとき、誰かがそばにいてくれたのは初めてでした」
「！」
「いつもは影に呑まれてしまえば、何も見通せない暗闇と、冷たい静寂しか感じられなかったのですが……」
瞼を閉じているのか、開けているのかすら分からぬ漆黒。
耳殻を根こそぎ抉り取られたかのような深閑。
放り込まれた黒闇に、垣間見えるおぼろげな外の景色。朦朧とした意識でその光を搔き集め、エドウィンはただひたすら呪いが治まるのを待つしかなかったという。
だが今日は──。
「あなたの声と温もりがありました。すぐ近くに」
「……あ、私、何回も呼んでて」
「ええ。それがとても安心して、嬉しくて」
はらはらと落ちゆく打ち垂れ髪を伝い、やがて指先がリアの衿上に触れる。
そうして彼女の頬を包む手つきは、まるで見えない存在を確かめるように慎重だった。
「……少しで構いませんので、お付き合いいただけませんか？」
「え、う……」
どう答えたものかと逡巡したリアは、頬に触れる手が冷たいことに気付く。それは何も、先程から火照って仕方ない肌のせいなどではなく。
呪いの影響だろうかと考えるより先に、彼女の顎は下へ沈んでいた。
しかし自ら起き上がって抱擁を待つような度胸はなく、リアは背後にあるクッションを盾にしようとしたのだが。
「ぅぶ」
一足先にエドウィンの腕が背中に差し込まれ、仰向けのままやんわりと抱き締められてしまった。
手も足も顔面も強張らせているリアとは対照的に、エドウィンはひどく落ち着いた様子でゆっくりと息を吐く。またもや首元に熱が集まったところで、そこに彼の顔が埋められた。
「……図書館でも思いましたが」
「わっ、な、何？」
大きな声で驚いてしまったリアに、彼は笑いながら続ける。
「いえ、ただ華奢だなと」
「そりゃ、エドウィンに比べたら……あっ、こんなんじゃ頼りない？ 筋肉があった方が患者にも舐められないものね」
「このままで大丈夫ですよ。頼りないなど、とんでもない」
「そ……う？」
エドウィンが笑みを引き摺りながら体を起こす。ようやく羞恥が引くと同時に、リアは不思議と惜しい気持ちになる。
朝日を浴びて目覚め、心地よい微睡みの中に居座っていたら、突然毛布を剥ぎ取られたような──そんな感覚に似ていた。もっと他にぴったりの気持ちがあるように思えるが、リアにはそうとしか表現できない。
「もういいの？」
「まだ良かったんですか？」
「えっ！？ やっぱり駄目、もうおしまい！」
遠慮なくと言わんばかりに身を屈めたエドウィンの肩を、危うく受け入れかけては咄嗟に押し返す。
しかし元々本気ではなかったのか、彼はくすくすと笑みをこぼしては「残念です」と引き下がった。
「ありがとうございます、リア。やっと落ち着きました」
「それなら良かったけど……今日はもう休んだら？ トラヴィスさんは明日の朝また来るって言ってたし」
「……そうですね」
「うん、呪いについては起きてから考えましょ。ほら行った行った！」
「え、待ってください。ベッドはあなたが使ってくださ」
「何言ってるの、患者はちゃんとしたベッドで寝なきゃ。私はカウチで寝るわ」
「いえ、別に病人でもないですし──」
その後どちらがベッドを使うか使わないかで言い合う内に、痺れを切らしたリアが「じゃあ一緒に寝る！？」とやけっぱちに寝室までエドウィンを引き摺ろうとしたところで、ようやく彼が折れたのだった。
