「僕の呪いを解いていただけませんか」
ぼと、と手にしていた果物を取り落とす。
今しがた不穏なお願いをしてきた麗しい青年は、真っ赤に熟れた果物を拾い上げ、そっと彼女の手に戻した。
ついでに硬直している小さな手のひらごと包み込んでしまうと、彼はもう一度、切実な声で告げる。
「お願いします、どうかお話を聞いていただきたいのです」
「え……え、いや、あの」
訳が分からない、というのが彼女──リアの正直な気持ちである。
賑やかな街で食料品の買い出しを終え、よい天気だからと本屋や花屋を巡っていたら、道端で転んで泣いている子どもを見つけて。軽い手当てをしてやってから、再びリアがのんびりと歩き始めたところへ、突如としてこの青年が声を掛けてきたのだ。
しかも何だ「呪いを解いていただけませんか」とは。
最近の口説き文句は随分と奇抜である。
助けを求められそうな人影が周りに一つも見当たらないことを知り、リアは大きめの黒いローブで顔や手を隠しつつ、慌てて青年から距離を取った。
「な、何? 騙されないわよ、都会の男はわざと田舎臭い娘を好んでたぶらかして、最終的に雑巾みたいに捨てるってお師匠様が言ってたわ」
「え。ち、違います。そういう目的で声を掛けたのではありません。しかも田舎臭いなどと」
警戒心たっぷりに受け売りの言葉を突き付ければ、青年が一転して困惑を露わにする。
ついでに手も放してくれたので、リアは更にもう一歩後退した。
「じゃあ何っ、お金もあげないわよ。今日は薬が結構売れたんだから──」
リアは言葉の尻を窄めながら、待てよと首を傾げる。
今さら気付いたが、この青年はどう見ても物乞いではない。
人好きのする柔らかく端正な顔立ち、きっちりと束ねた藍白の髪と、控えめながら華やかな光を宿す菫色の瞳。
そんな彼の美しい容姿をより一層引き立てる、シワひとつない清潔感溢れる服装。
──美青年だ。都会に暮らす高貴な美青年。
御上りさんと言われても仕方ない感想をでかでかと頭の中に浮かべたリアは、先程までその美青年に取られていた手が知らず知らず熱くなるのを感じた。
とにかく見た目だけで考えれば、彼は物乞いでもナンパでもなさそうだった。この容姿なら自分から声を掛けずとも、女性の方から寄ってくることだろう。
ならば何故リアに声を掛けて来たのかというと、やはり最初の怪しすぎるお願いを聞いてもらうため、ということになる。
「薬……やはりあなたはエルヴァスティの薬師殿でしょうか?」
「え、ええ、まだ修行中の身だけど」
戸惑い気味に肯定すれば、青年が分かりやすく喜色を滲ませる。仄かに浮かぶ笑みは甘く、リアの心臓を容易く揺さぶった。
何て暴力的な色気だとリアは唖然としてしまう。こちとら山奥に暮らす猿と言われて久しいと言うのに──。
「僕はエドウィンと申します。お名前を伺ってもよろしいですか、可愛らしい薬師殿」
背中が痒くなるような言葉と共に、改めて差し出された手のひら。リアは未だ混乱を引き摺ったまま、恐る恐る指先をそこに乗せる。
「……オーレリア。長いから、その、リアって呼んで」
エドウィンは「はい」と、穏やかな笑みで頷いたのだった。
ぼと、と手にしていた果物を取り落とす。
今しがた不穏なお願いをしてきた麗しい青年は、真っ赤に熟れた果物を拾い上げ、そっと彼女の手に戻した。
ついでに硬直している小さな手のひらごと包み込んでしまうと、彼はもう一度、切実な声で告げる。
「お願いします、どうかお話を聞いていただきたいのです」
「え……え、いや、あの」
訳が分からない、というのが彼女──リアの正直な気持ちである。
賑やかな街で食料品の買い出しを終え、よい天気だからと本屋や花屋を巡っていたら、道端で転んで泣いている子どもを見つけて。軽い手当てをしてやってから、再びリアがのんびりと歩き始めたところへ、突如としてこの青年が声を掛けてきたのだ。
しかも何だ「呪いを解いていただけませんか」とは。
最近の口説き文句は随分と奇抜である。
助けを求められそうな人影が周りに一つも見当たらないことを知り、リアは大きめの黒いローブで顔や手を隠しつつ、慌てて青年から距離を取った。
「な、何? 騙されないわよ、都会の男はわざと田舎臭い娘を好んでたぶらかして、最終的に雑巾みたいに捨てるってお師匠様が言ってたわ」
「え。ち、違います。そういう目的で声を掛けたのではありません。しかも田舎臭いなどと」
警戒心たっぷりに受け売りの言葉を突き付ければ、青年が一転して困惑を露わにする。
ついでに手も放してくれたので、リアは更にもう一歩後退した。
「じゃあ何っ、お金もあげないわよ。今日は薬が結構売れたんだから──」
リアは言葉の尻を窄めながら、待てよと首を傾げる。
今さら気付いたが、この青年はどう見ても物乞いではない。
人好きのする柔らかく端正な顔立ち、きっちりと束ねた藍白の髪と、控えめながら華やかな光を宿す菫色の瞳。
そんな彼の美しい容姿をより一層引き立てる、シワひとつない清潔感溢れる服装。
──美青年だ。都会に暮らす高貴な美青年。
御上りさんと言われても仕方ない感想をでかでかと頭の中に浮かべたリアは、先程までその美青年に取られていた手が知らず知らず熱くなるのを感じた。
とにかく見た目だけで考えれば、彼は物乞いでもナンパでもなさそうだった。この容姿なら自分から声を掛けずとも、女性の方から寄ってくることだろう。
ならば何故リアに声を掛けて来たのかというと、やはり最初の怪しすぎるお願いを聞いてもらうため、ということになる。
「薬……やはりあなたはエルヴァスティの薬師殿でしょうか?」
「え、ええ、まだ修行中の身だけど」
戸惑い気味に肯定すれば、青年が分かりやすく喜色を滲ませる。仄かに浮かぶ笑みは甘く、リアの心臓を容易く揺さぶった。
何て暴力的な色気だとリアは唖然としてしまう。こちとら山奥に暮らす猿と言われて久しいと言うのに──。
「僕はエドウィンと申します。お名前を伺ってもよろしいですか、可愛らしい薬師殿」
背中が痒くなるような言葉と共に、改めて差し出された手のひら。リアは未だ混乱を引き摺ったまま、恐る恐る指先をそこに乗せる。
「……オーレリア。長いから、その、リアって呼んで」
エドウィンは「はい」と、穏やかな笑みで頷いたのだった。