良心の欠片が残っていたせいで、私は今、ハインツと対峙している。ソフィアとハインツが何度も訪れた庭園は季節が冬だけあって人はまばらだ。
「わざわざあざ笑うために呼んだのか?」
「ご名答。と言いたいけど、違うわ。なぜ、私がここにあなたを呼んだか分かる?」
ソフィアとハインツの思い出の場所の一つだ。そんな場所に呼び出したら嫌でもわかると思った。
「ばかばかばしい。ずっと、ソフィアと私のことを調べていたのだろう?」
「違うわ。そうではなくて……。ここでハインツが私のことを『好きになったのは、ただの一度もない』と言ったのを覚えている?」
「ああ、だがなぜそれを? あのときは周りに誰もいなく――……まさか」
やっと気づいた。
「二人で私を騙していたのか?」
「そうそう、二人でね。ハインツを騙していたのよ。……って、そんなわけないでしょう? なんで私が自分を傷つけてまでハインツを騙さないといけないのよ。鈍感にもほどがあるわ。私が、あなたの大好きなソフィアだってことよ」
私はしまっていた仮面を取り出すと、彼の前でつけて見せた。顔になじんでいく感じがする。最近は頻度も高かったから、自分がオリアーヌなのかソフィアなのか分からなくなるところだったわ。
「ソフィ……ア? なぜ……」
「この仮面は他の顔になれる不思議な仮面なの。でも、変わるのは顔だけ。声も体型も瞳の色も私のまま」
「確かに、顔はソフィアだが他はオリアーヌだ」
「私は社交界にデビューしたあと、この仮面をつけて茶色のカツラをかぶってときどき夜会に出かけていたの」
「ソフィアに出会ったのはあの夜会が初めてだ。その前から?」
「ええ、知り合いのいない夜会を調べては遊びに行っていたわ。誰かさんは仕事が忙しくて夜会には連れて行ってくれなかったし、オリアーヌ・メダンとして行けば気が抜けない。だから、ソフィアになって気晴らしをしていたのよ」
今はカツラもかぶっていないから、オリアーヌにソフィアの顔がついたような妙な感覚がある。ハインツも違和感を覚えているのか、私の顔をまじまじと見た。
「それで、私を騙すために近づいたのか?」
「馬鹿言わないでよ。これ以上の気晴らしはないのに、あなたを騙すために仮面は使わないわ。あの日、私はあなたとヴィンセントが来ることを知らずに夜会に参加した。小さな会場でしょう? ヴィンセントとお兄様は仲がいいから、ヴィンセントにバレたら家族にもバレると思った。助けを求めたのよ。ハインツならかばってくれるし、この趣味を理解してくれると思った」
まさか、彼の本当の気持ちを聞く羽目になるとは思わなかったけど。ハインツは眉間に皺を寄せ、こめかみを押さえた。
「だが、結果的には騙したんだろう?」
「ええ、騙した。これに関しては謝るつもりはない。私自身のためにどうしても必要だと思ったから」
「なぜ、今日それをわざわざ言おうと思った?」
息をゆっくり吸い込む。
「もちろん、あなただけがソフィアとの綺麗な思い出を抱いているのが嫌だったからよ。私はずっと苦しかった。だから私以上に苦しんでもらわないと。これで、ソフィアを思い出すたびに、一緒に大嫌いな私も思い出せるでしょう?」
「君は最低な女だ」
ハインツは吐き捨てるように言った。
私はハインツにずいっと顔を近づけて笑って見せる。顔はソフィア。今、私のことを憎いと思っているのか、それともまだソフィアへの気持ちを消し切れていないのか。
彼の瞳に映る私は、悪い顔をしていた。まるで、悪女だ。
「こんな最悪な女と婚約を解消できてよかったじゃない。あなたはまた『運命』とやらを探したらどう?」
ハインツが目を見開いた。怒りを携えた青は静かに燃える。右手が大きく挙がる。
ぶたれる!
私は痛みに耐えるために固く目を閉じた。
「ハインツ、それ以上は駄目だ」
頬を叩く強い衝撃――はなく、代わり声が降ってきた。聞き慣れた声。急に腰を抱かれ、引き寄せられる。驚いて目を開ければそこには会いたかった人の顔があった。
「ヴィンセント……?」
「わざわざあざ笑うために呼んだのか?」
「ご名答。と言いたいけど、違うわ。なぜ、私がここにあなたを呼んだか分かる?」
ソフィアとハインツの思い出の場所の一つだ。そんな場所に呼び出したら嫌でもわかると思った。
「ばかばかばしい。ずっと、ソフィアと私のことを調べていたのだろう?」
「違うわ。そうではなくて……。ここでハインツが私のことを『好きになったのは、ただの一度もない』と言ったのを覚えている?」
「ああ、だがなぜそれを? あのときは周りに誰もいなく――……まさか」
やっと気づいた。
「二人で私を騙していたのか?」
「そうそう、二人でね。ハインツを騙していたのよ。……って、そんなわけないでしょう? なんで私が自分を傷つけてまでハインツを騙さないといけないのよ。鈍感にもほどがあるわ。私が、あなたの大好きなソフィアだってことよ」
私はしまっていた仮面を取り出すと、彼の前でつけて見せた。顔になじんでいく感じがする。最近は頻度も高かったから、自分がオリアーヌなのかソフィアなのか分からなくなるところだったわ。
「ソフィ……ア? なぜ……」
「この仮面は他の顔になれる不思議な仮面なの。でも、変わるのは顔だけ。声も体型も瞳の色も私のまま」
「確かに、顔はソフィアだが他はオリアーヌだ」
「私は社交界にデビューしたあと、この仮面をつけて茶色のカツラをかぶってときどき夜会に出かけていたの」
「ソフィアに出会ったのはあの夜会が初めてだ。その前から?」
「ええ、知り合いのいない夜会を調べては遊びに行っていたわ。誰かさんは仕事が忙しくて夜会には連れて行ってくれなかったし、オリアーヌ・メダンとして行けば気が抜けない。だから、ソフィアになって気晴らしをしていたのよ」
今はカツラもかぶっていないから、オリアーヌにソフィアの顔がついたような妙な感覚がある。ハインツも違和感を覚えているのか、私の顔をまじまじと見た。
「それで、私を騙すために近づいたのか?」
「馬鹿言わないでよ。これ以上の気晴らしはないのに、あなたを騙すために仮面は使わないわ。あの日、私はあなたとヴィンセントが来ることを知らずに夜会に参加した。小さな会場でしょう? ヴィンセントとお兄様は仲がいいから、ヴィンセントにバレたら家族にもバレると思った。助けを求めたのよ。ハインツならかばってくれるし、この趣味を理解してくれると思った」
まさか、彼の本当の気持ちを聞く羽目になるとは思わなかったけど。ハインツは眉間に皺を寄せ、こめかみを押さえた。
「だが、結果的には騙したんだろう?」
「ええ、騙した。これに関しては謝るつもりはない。私自身のためにどうしても必要だと思ったから」
「なぜ、今日それをわざわざ言おうと思った?」
息をゆっくり吸い込む。
「もちろん、あなただけがソフィアとの綺麗な思い出を抱いているのが嫌だったからよ。私はずっと苦しかった。だから私以上に苦しんでもらわないと。これで、ソフィアを思い出すたびに、一緒に大嫌いな私も思い出せるでしょう?」
「君は最低な女だ」
ハインツは吐き捨てるように言った。
私はハインツにずいっと顔を近づけて笑って見せる。顔はソフィア。今、私のことを憎いと思っているのか、それともまだソフィアへの気持ちを消し切れていないのか。
彼の瞳に映る私は、悪い顔をしていた。まるで、悪女だ。
「こんな最悪な女と婚約を解消できてよかったじゃない。あなたはまた『運命』とやらを探したらどう?」
ハインツが目を見開いた。怒りを携えた青は静かに燃える。右手が大きく挙がる。
ぶたれる!
私は痛みに耐えるために固く目を閉じた。
「ハインツ、それ以上は駄目だ」
頬を叩く強い衝撃――はなく、代わり声が降ってきた。聞き慣れた声。急に腰を抱かれ、引き寄せられる。驚いて目を開ければそこには会いたかった人の顔があった。
「ヴィンセント……?」