国王陛下と王妃様が並ぶと、みんなが膝を折る。王妃様の華やかなドレスが美しさを引き立たせている。笑顔は可憐な少女のようで、二人も子どもがいるとは思えない。
その見目麗しい王妃様を隣に立つ国王陛下も遜色ない美丈夫で、まさに美男美女の組み合わせだ。
後ろをついて現れたのはジュエラだけだ。とても久しぶりのような気がする。でも、ヴィンセントが現れない。もしかして、何かあったのかしら?
落ち着いていた会場がざわつき始める。噂になっていた今日は絶対にヴィンセントと隣国の王女様が婚約を発表すると思っていたのに、現れないからだ。
「あとで発表されるのかもしれないわね」
「王女様ってどんな方なのかしら?」
背中から聞こえる会話につい耳を傾けてしまう。一瞬胸が痛んだけれど、私が悲しむ資格はない。紹介されたらちゃんとお祝いを言わないと。
国王陛下の簡易な挨拶のあと、音楽が鳴り響く。軽やかな音楽は舞踏会にふさわしい――の、だけれど。今、まさに始まろうとした舞踏会は、一人の男の登場により修羅場と化した。
「オリアーヌッ! どういうことだ! 説明しろ!」
乱れた金の髪をかき上げて、ハインツは叫んだ。タイミングの良い男だわ。カツカツと靴音をたてて私の前まで来る。ハインツは周りが見えていないのか、多くの視線は気になっていないようだ。
「遅かったのね、ハインツ。心配したわ」
「ソフィアはどうした?」
「ソフィア? 誰のことかしら?」
わざとらしく首を傾げる。
ハインツの奥歯を噛みしめる音がここまで聞こえてきそうだった。
「君が隠したんだろう?」
どんなに睨んでも怖くない。そのためにここまで準備してきたのだから。
視線が私とハインツに注がれる。好奇の目だ。こんなに圧力を感じるのは初めてのことだった。
「隠すもなにも、ソフィアさんという方がどなたか存じ上げないわ。ねえ、そこのあなた、ご存知?」
せっかくだからと近くにいた三人娘に声をかける。彼は私とハインツを交互に見たあと「いえ……」と小さく答えた。よく知っているはずよね。真っ赤なワインかけるくらいの仲なのに、知らない振りだなんて酷いわ。
ハインツは彼女たちの顔を記憶しているのだ。険しい顔が更に険しくなった。
「君は夜会で何度もソフィアを傷つけた」
「会ったこともない人をどうやって傷つけたらいいのかしら?」
「人の手を使っているのは分かっているんだ! その三人が君の命令で動いていることは知っているんだぞ!」
ハインツがビシッと指す方向はもちろん三人娘たち。私は目を瞬かせた。
「彼女たちが? ええと……どちら様かしら?」
「しらばっくれても無駄だ。今までその三人に命令して、私に近づく女たちを虐げていたのは分かっているんだ」
頭に血が上っている。ハインツは何を言っても信じないだろう。三人娘たちはわなわなと震え出す。まだ泣くのは早いわ。せっかくだから、婚約破棄のあとに汚名返上したいもの。
これから得るイメージは大勢の前で婚約破棄された女というだけで充分だ。
「私には分からないことばかり。ところで先ほどからおっしゃっている『ソフィアさん』ってどなた? あなたの何?」
大勢の前で愛人だと公言するほどハインツは愚かではないだろう。未婚のうちから愛人がいるだなんて、公然の噂になっていたとしても本人の口から言うのとでは違う。
ハインツは苦虫をかみつぶしたような顔をする。なんだか私がいじめているみたいになってしまったわ。
「あなたが必死に探しているソフィアさんがどこに行ったかなんて分からないわ。でも、しかるべき場所に行ったのではないかし――」
言葉の途中で、パシンッと大きな音が響いた。頬に熱が上がる。ハインツの手が私の頬を離れていく。
頬が熱い。痛みよりもまず熱さを感じた。
「もう、許せん! おまえとの婚約なんて破棄だ!」
ハインツが叫んだ。
その見目麗しい王妃様を隣に立つ国王陛下も遜色ない美丈夫で、まさに美男美女の組み合わせだ。
後ろをついて現れたのはジュエラだけだ。とても久しぶりのような気がする。でも、ヴィンセントが現れない。もしかして、何かあったのかしら?
落ち着いていた会場がざわつき始める。噂になっていた今日は絶対にヴィンセントと隣国の王女様が婚約を発表すると思っていたのに、現れないからだ。
「あとで発表されるのかもしれないわね」
「王女様ってどんな方なのかしら?」
背中から聞こえる会話につい耳を傾けてしまう。一瞬胸が痛んだけれど、私が悲しむ資格はない。紹介されたらちゃんとお祝いを言わないと。
国王陛下の簡易な挨拶のあと、音楽が鳴り響く。軽やかな音楽は舞踏会にふさわしい――の、だけれど。今、まさに始まろうとした舞踏会は、一人の男の登場により修羅場と化した。
「オリアーヌッ! どういうことだ! 説明しろ!」
乱れた金の髪をかき上げて、ハインツは叫んだ。タイミングの良い男だわ。カツカツと靴音をたてて私の前まで来る。ハインツは周りが見えていないのか、多くの視線は気になっていないようだ。
「遅かったのね、ハインツ。心配したわ」
「ソフィアはどうした?」
「ソフィア? 誰のことかしら?」
わざとらしく首を傾げる。
ハインツの奥歯を噛みしめる音がここまで聞こえてきそうだった。
「君が隠したんだろう?」
どんなに睨んでも怖くない。そのためにここまで準備してきたのだから。
視線が私とハインツに注がれる。好奇の目だ。こんなに圧力を感じるのは初めてのことだった。
「隠すもなにも、ソフィアさんという方がどなたか存じ上げないわ。ねえ、そこのあなた、ご存知?」
せっかくだからと近くにいた三人娘に声をかける。彼は私とハインツを交互に見たあと「いえ……」と小さく答えた。よく知っているはずよね。真っ赤なワインかけるくらいの仲なのに、知らない振りだなんて酷いわ。
ハインツは彼女たちの顔を記憶しているのだ。険しい顔が更に険しくなった。
「君は夜会で何度もソフィアを傷つけた」
「会ったこともない人をどうやって傷つけたらいいのかしら?」
「人の手を使っているのは分かっているんだ! その三人が君の命令で動いていることは知っているんだぞ!」
ハインツがビシッと指す方向はもちろん三人娘たち。私は目を瞬かせた。
「彼女たちが? ええと……どちら様かしら?」
「しらばっくれても無駄だ。今までその三人に命令して、私に近づく女たちを虐げていたのは分かっているんだ」
頭に血が上っている。ハインツは何を言っても信じないだろう。三人娘たちはわなわなと震え出す。まだ泣くのは早いわ。せっかくだから、婚約破棄のあとに汚名返上したいもの。
これから得るイメージは大勢の前で婚約破棄された女というだけで充分だ。
「私には分からないことばかり。ところで先ほどからおっしゃっている『ソフィアさん』ってどなた? あなたの何?」
大勢の前で愛人だと公言するほどハインツは愚かではないだろう。未婚のうちから愛人がいるだなんて、公然の噂になっていたとしても本人の口から言うのとでは違う。
ハインツは苦虫をかみつぶしたような顔をする。なんだか私がいじめているみたいになってしまったわ。
「あなたが必死に探しているソフィアさんがどこに行ったかなんて分からないわ。でも、しかるべき場所に行ったのではないかし――」
言葉の途中で、パシンッと大きな音が響いた。頬に熱が上がる。ハインツの手が私の頬を離れていく。
頬が熱い。痛みよりもまず熱さを感じた。
「もう、許せん! おまえとの婚約なんて破棄だ!」
ハインツが叫んだ。