「えっ?」
移動なんかしなくても、彼女たちから来てくれたじゃない。目の前には自称オリアーヌのご友人が三人並んでいた。優秀だわ。バルコニーに人はいないし、参加者は蟻のようにハインツの元に群がっているだろうし。ちょうどいいわよね。
「えっと……オリアーヌ様のお友達……さん?」
「そうよ! 言ったでしょう? ハインツ様に近づくなって」
「あんた、記憶力がないの? なんでそんな馬鹿にハインツ様は入れあげているのかしら?」
「あり得ない! ハインツ様はオリアーヌ様のものなのよっ!」
三人がキーキー叫ぶ。うるさいけど、我慢するしかないわ。叫ぶだけじゃなくて物理的にひどいことしてくれないとハインツへのアピールに繋がらないのよ。いじめられ損にはなりたくないわ。
「そんなことありません……」
私は小さな声で反論する。すると、三人娘は眉をひそめた。
「何よ? ハインツ様はあなたのものだとでも言いたいの?」
「田舎娘のくせに?」
「ハインツ様はただ、あなたで遊んでいるだけよ」
彼女たちは鼻で笑う。
「そんなことないです。このドレスだって、ハインツ様が作ってくれて……」
そうよ、これはあなたたちの大好きなハインツが金の力で作らせた自慢のドレスなんだから! 悔しいでしょう?
「嘘っ! ハインツ様がそんなことするわけないわ! オリアーヌ様にもドレスをプレゼントしたことないのに!」
よく知っているじゃない。ドレスをプレゼントされたことなんて一度もないわよ。婚約者を十四年やって一度も。だけど、ソフィアは出会ってひと月も経っていないのに、ドレスまで贈ってもらっちゃっているの。すごいでしょう?
「本当です……。お店に連れて行ってもらったもの」
三人はわかりやすく顔を歪めた。煽りやすくて大変楽だわ。
この中でいつも真ん中を陣取っている令嬢が歪めていた顔を戻す。そして、口角を上げた。嫌な笑顔。その笑顔を待っていたの。良いこと思いついたって顔だわ。
「ハインツ様に頂いたドレス、もっと素敵にしてあげるわ」
彼女が言うと、心得たのか左右に立つ二人もにやりと笑った。
彼女たちは二人がかりでソフィアの身体を押さえる。
「何するんですかっ!? やめてっ!」
抵抗することで場を盛り上げてあげる。左右に頭を振りながら、嫌がる素振りを見せた。
バルコニーは冷たい風が吹くものの、場は盛り上がり暑くなっている。三対一。完全ないじめだわ。抵抗を見せながらも、あたしは期待に胸を膨らませた。
ほら、今よ! さっさとやっておしまいなさい!
「大丈夫。もっと素敵にするだけよ。ハインツ様も喜ぶと思うわ」
「でも、素敵すぎて人前には出られないかも~」
楽しそうに笑いながら、目の前に立った令嬢はあたしのドレスの袖を引きちぎる。繊細なドレスは儚く破れ、右肩があらわになった。
華奢な肩がむき出しになる。なんだかいたぶられている感じが出たわね。良い感じよ! マダムのドレスには悪いけど、この犠牲は必要な犠牲だったの。
「ハインツ様は赤色がお好きなのよ。だから、赤を入れてあげなきゃ」
令嬢たちは顔を見合わせると、一人が手に持っていたワインのグラスをあたしの目の前にかざす。絶対、今日使おうと思って持ってきたでしょう。分かるわ。ワインってこぼすと色落ちないのよ。
気分を盛り上げるために大きな声をあげた。
「や、やめて……。これは大切なドレスなの……!」
「やだわ。流行に合わせてあげるだけよぉ」
ワインをこぼしたドレスが流行だなんて初めて聞いたわ。でも、水色にできたワインのシミは良い感じだと思う。
ニヤニヤと笑った令嬢は、あたしの頭からグラスを傾ける。ゆっくりと落ちるワインは前髪を濡らし、顔を汚した。頬を伝い首筋をとおったワインは胸を赤に染め上げ、ドレスにグラデーションをつくる。
「あら素敵なドレス。さすがマダム・トリリアンのドレスだわ。嫉妬しちゃう~」
あたしは呆然とその笑顔を見た。本当は一緒に喜びたかったのよ。でも、そんなことしたらこの場がしらけちゃうでしょう? あたしは被害者に徹しなきゃ。
「やだ~。ここなんだかワイン臭いわ。別のところに行きましょう~」
「そうね。あちらに行きましょう」
満足したのか、それともハインツにこの現場を見られるのがまずいと思ったのか、彼女たちは消えていった。一人バルコニーに残されたソフィアは消えていく三人の背中を見送る。
ワイン色に染まって破られたドレス。良い感じ。もっとボロボロでも良かったのよ。髪とかワインでぬれただけで、セットされたままじゃない。
せっかくなので、自分で髪をひっぱり乱しておいた。
ちょっと身体が冷えてきたら、早くハインツは戻ってこないかしら。こんなに彼に思いをはせたのは初めてよ。
バルコニーの端で風をよけるように座った。もうドレスも汚れちゃっているし、座って小さくなっていれば寒さをしのげると思ったのだ。寒いから膝を抱えてできるだけ小さくなった。ダンスもしたし、疲れてしまったわ。このまま寝てしまいそう。
それから長い時間待つことなく、ハインツは姿を現した。
「ソフィア?」
扉を開けて彼は辺りを見回す。
「ソフィアッ!?」
バルコニーの端で小さくなるあたしを見つけて、彼は駆け寄った。ようやく用意していた涙を見せることができるわ。ハインツが触れた肩にじんわりと熱が広がる。人肌ってあったかいのね。
「ハインツ様……」
「何があったんだっ!? 誰がこんなこと……!」
「知らない女性が来て……。オリアーヌ様の婚約者に色目を使うなって……」
「またあいつが……」
ハインツはすぐに、オリアーヌの指示だと思ったようだ。計画通りだわ。潤ませた瞳で見上げる。
「ごめんなさい。せっかく作ってもらったドレス……」
「ドレスのことなんてどうでもいい。怪我は?」
「大丈夫です」
「よかった……。だが、冷えているな。ほら、これを着て」
彼は上着を肩にかける。あたしの憧れのシチュエーションね。こんなところでしてもらえるなんて思わなかったわ。脱ぎたての上着はとても暖かい。これが一年前でオリアーヌのときだったら心まで温まっただろう。
今のあたしも、予想通りの反応に気持ちはほくほくだけど。
「怖かっただろう? 今日は帰ろう」
「はい……」
優しくソフィアの肩を抱く反対の手が強く握りしめられている。それでいいわ。オリアーヌのことをもっと嫌いになって。見せかけの結婚であろうとも拒みたくなるほど憎んでほしい。
移動なんかしなくても、彼女たちから来てくれたじゃない。目の前には自称オリアーヌのご友人が三人並んでいた。優秀だわ。バルコニーに人はいないし、参加者は蟻のようにハインツの元に群がっているだろうし。ちょうどいいわよね。
「えっと……オリアーヌ様のお友達……さん?」
「そうよ! 言ったでしょう? ハインツ様に近づくなって」
「あんた、記憶力がないの? なんでそんな馬鹿にハインツ様は入れあげているのかしら?」
「あり得ない! ハインツ様はオリアーヌ様のものなのよっ!」
三人がキーキー叫ぶ。うるさいけど、我慢するしかないわ。叫ぶだけじゃなくて物理的にひどいことしてくれないとハインツへのアピールに繋がらないのよ。いじめられ損にはなりたくないわ。
「そんなことありません……」
私は小さな声で反論する。すると、三人娘は眉をひそめた。
「何よ? ハインツ様はあなたのものだとでも言いたいの?」
「田舎娘のくせに?」
「ハインツ様はただ、あなたで遊んでいるだけよ」
彼女たちは鼻で笑う。
「そんなことないです。このドレスだって、ハインツ様が作ってくれて……」
そうよ、これはあなたたちの大好きなハインツが金の力で作らせた自慢のドレスなんだから! 悔しいでしょう?
「嘘っ! ハインツ様がそんなことするわけないわ! オリアーヌ様にもドレスをプレゼントしたことないのに!」
よく知っているじゃない。ドレスをプレゼントされたことなんて一度もないわよ。婚約者を十四年やって一度も。だけど、ソフィアは出会ってひと月も経っていないのに、ドレスまで贈ってもらっちゃっているの。すごいでしょう?
「本当です……。お店に連れて行ってもらったもの」
三人はわかりやすく顔を歪めた。煽りやすくて大変楽だわ。
この中でいつも真ん中を陣取っている令嬢が歪めていた顔を戻す。そして、口角を上げた。嫌な笑顔。その笑顔を待っていたの。良いこと思いついたって顔だわ。
「ハインツ様に頂いたドレス、もっと素敵にしてあげるわ」
彼女が言うと、心得たのか左右に立つ二人もにやりと笑った。
彼女たちは二人がかりでソフィアの身体を押さえる。
「何するんですかっ!? やめてっ!」
抵抗することで場を盛り上げてあげる。左右に頭を振りながら、嫌がる素振りを見せた。
バルコニーは冷たい風が吹くものの、場は盛り上がり暑くなっている。三対一。完全ないじめだわ。抵抗を見せながらも、あたしは期待に胸を膨らませた。
ほら、今よ! さっさとやっておしまいなさい!
「大丈夫。もっと素敵にするだけよ。ハインツ様も喜ぶと思うわ」
「でも、素敵すぎて人前には出られないかも~」
楽しそうに笑いながら、目の前に立った令嬢はあたしのドレスの袖を引きちぎる。繊細なドレスは儚く破れ、右肩があらわになった。
華奢な肩がむき出しになる。なんだかいたぶられている感じが出たわね。良い感じよ! マダムのドレスには悪いけど、この犠牲は必要な犠牲だったの。
「ハインツ様は赤色がお好きなのよ。だから、赤を入れてあげなきゃ」
令嬢たちは顔を見合わせると、一人が手に持っていたワインのグラスをあたしの目の前にかざす。絶対、今日使おうと思って持ってきたでしょう。分かるわ。ワインってこぼすと色落ちないのよ。
気分を盛り上げるために大きな声をあげた。
「や、やめて……。これは大切なドレスなの……!」
「やだわ。流行に合わせてあげるだけよぉ」
ワインをこぼしたドレスが流行だなんて初めて聞いたわ。でも、水色にできたワインのシミは良い感じだと思う。
ニヤニヤと笑った令嬢は、あたしの頭からグラスを傾ける。ゆっくりと落ちるワインは前髪を濡らし、顔を汚した。頬を伝い首筋をとおったワインは胸を赤に染め上げ、ドレスにグラデーションをつくる。
「あら素敵なドレス。さすがマダム・トリリアンのドレスだわ。嫉妬しちゃう~」
あたしは呆然とその笑顔を見た。本当は一緒に喜びたかったのよ。でも、そんなことしたらこの場がしらけちゃうでしょう? あたしは被害者に徹しなきゃ。
「やだ~。ここなんだかワイン臭いわ。別のところに行きましょう~」
「そうね。あちらに行きましょう」
満足したのか、それともハインツにこの現場を見られるのがまずいと思ったのか、彼女たちは消えていった。一人バルコニーに残されたソフィアは消えていく三人の背中を見送る。
ワイン色に染まって破られたドレス。良い感じ。もっとボロボロでも良かったのよ。髪とかワインでぬれただけで、セットされたままじゃない。
せっかくなので、自分で髪をひっぱり乱しておいた。
ちょっと身体が冷えてきたら、早くハインツは戻ってこないかしら。こんなに彼に思いをはせたのは初めてよ。
バルコニーの端で風をよけるように座った。もうドレスも汚れちゃっているし、座って小さくなっていれば寒さをしのげると思ったのだ。寒いから膝を抱えてできるだけ小さくなった。ダンスもしたし、疲れてしまったわ。このまま寝てしまいそう。
それから長い時間待つことなく、ハインツは姿を現した。
「ソフィア?」
扉を開けて彼は辺りを見回す。
「ソフィアッ!?」
バルコニーの端で小さくなるあたしを見つけて、彼は駆け寄った。ようやく用意していた涙を見せることができるわ。ハインツが触れた肩にじんわりと熱が広がる。人肌ってあったかいのね。
「ハインツ様……」
「何があったんだっ!? 誰がこんなこと……!」
「知らない女性が来て……。オリアーヌ様の婚約者に色目を使うなって……」
「またあいつが……」
ハインツはすぐに、オリアーヌの指示だと思ったようだ。計画通りだわ。潤ませた瞳で見上げる。
「ごめんなさい。せっかく作ってもらったドレス……」
「ドレスのことなんてどうでもいい。怪我は?」
「大丈夫です」
「よかった……。だが、冷えているな。ほら、これを着て」
彼は上着を肩にかける。あたしの憧れのシチュエーションね。こんなところでしてもらえるなんて思わなかったわ。脱ぎたての上着はとても暖かい。これが一年前でオリアーヌのときだったら心まで温まっただろう。
今のあたしも、予想通りの反応に気持ちはほくほくだけど。
「怖かっただろう? 今日は帰ろう」
「はい……」
優しくソフィアの肩を抱く反対の手が強く握りしめられている。それでいいわ。オリアーヌのことをもっと嫌いになって。見せかけの結婚であろうとも拒みたくなるほど憎んでほしい。