次の日、ソフィア宛てにハインツから謝罪と「会いたい」という旨の手紙が届いた。四枚もの便箋をつかった長い手紙の半分以上はどうでもいい、彼の心情とオリアーヌへの恨みがこもった言い訳だ。
 
 返事は一日おいて返すことにする。筆跡でバレるとまずいからニーナに書いてもったのだけれど、あの調子だと私自身が書いても気づかないと思う。
 
 返事を書いたその日の内に、ハインツの従者がやってきて明日、アパルトマンまで迎えにくると説明を受けた。気が早いわ、ハインツ。まるで飢えた狼ね。
 
 ロッド家の馬車がアパルトマンの前に到着する。この辺には似つかわしくない派手で大きな馬車だ。どうして、お忍び用の小さいのにしなかったのだろう。
 
 ロッド家ならそのくらい準備できただろうに。
 
 あんな馬車、ずっと止めておく訳にはいかない。私は迎えが来る前に慌てて外へと出た。
 
「会いたかったよ、ソフィア」
 
 ハインツは、私に気づくとすぐに駆け寄り抱き寄せる。近い。近いわ。ダンスよりも近い距離に思わず身じろぎ、顔を背ける。駄目よ、ソフィア。こういうときは顔を赤らめて恥じらうのがヒロインの鉄則。嫌がらずに向き合わなければ。
 
「ソフィアは恥ずかしがり屋なんだな」
 
 何を勘違いしたのか、ハインツは少し頬を緩めて納得している。なんという前向きな思考! 嫌がる素振りが恥じらいに見えるほどに彼はおかしくなってしまったのね。
 
 その言葉を肯定するために、顔を隠すために胸に顔を埋めた。
 
 ハインツの顔は見えないけど、これはイチコロなのではなくて?
 
「さあ、私のかわいいお姫様。馬車に乗って。君をずっとこの胸に抱きしめていたいけど、もっと君の顔が見たい。素敵なところに連れて行ってあげよう」
 
 甘いわ! 甘すぎる! 梨のコンポートに蜂蜜を浸してもこの甘さにはかなわないわ。そんなセリフがスラスラでてくるものなのね。
 
 オリアーヌが見る顔とは全く違う甘い表情をまじまじと見てしまう。
 
「照れる顔も可愛いな……」
 
 ハインツはわずかに頬を染め私を見下ろす。独り言のように呟いているけれど……全く照れてはいない。
 
「さあ、二人きりで話をしよう」
 
 思わせぶりな言葉だけど、ただの馬車なのよね。本当に大げさな人だ。




 さて、あたしはロッド家を訪れている。もちろん、仲直りのためだ。
 
 あたし――ソフィアは、ハインツの前で涙をためる。
 
「先日の夜会ではごめんなさい……」
 
 先手必勝とばかりに、謝った。いじらしい恋人(仮)を演じるにはソフィアから謝ったほうが良いと思ったのだ。
 
「ハインツ様だって苦しい立場なのに、当たっちゃって。私のことなんて、嫌いになってしまいましたよね……?」
 
 ハンカチで涙を拭うついでに顔をそらした。
 
「いや、私が君を守れなかったせいだ」
 
 ハインツは、私の涙に濡れた頬を撫でる。そして、親指の腹で涙を拭った。
 
「泣かないで。私の可愛い人」
 
 ハインツの言葉に更に目に涙をためるのだ。今、力を込めて涙を生成している。泣くなと言われているのに感極まって涙を流す。小説ではよく出てくるのよ!
 
 ちょっと力を出しすぎて、肩が震えちゃった。でも、感極まって震えたくらいに感じたらしく、ハインツは私を乱暴に抱きしめる。結果的に成功したということね。
 
「また、夜会に連れて行ってくれますか?」
「あんなことがあったばかりで、怖くない?」
「怖いけど……。ハインツ様とまたダンス踊りたいし」
 
 足はたくさん踏みますけどね。
 
「私もだ。ソフィアを連れて夜会に出たい。招待状を確認しよう。ソフィアでも気兼ねなくいけるところを見繕うよ」
「あと……軽食がおいしいところで」
 
 できたら癒やしはほしいですもの。私のリクエストにハインツは肩を揺らして笑った。恋人たちの仲直りはやっぱり良いわね。これが本当の恋人なら微笑ましいことでしょう。ほら、隅で控えている侍女たちの眉間にしわが寄っていてよ。
 
 ハインツにとって、侍女は空気。空気に感情はないのだそうだ。だから、婚約者ではない女とイチャイチャしていても気にならない。
 
 私も気にならないわ。だって、この屋敷でのハインツの評価が下がるだけだもの。
 
 でも、今日の目的はハインツの屋敷内での評判を下げることではないわ! 私はハインツの腕の中、彼を見上げる。
 
「ハインツ様、一緒に夜会を選んでは駄目?」
「これから? もっと楽しい遊びもたくさんあるのに?」
「だって、たくさん招待状をもらうことってないから……」
「……そうか。じゃあ、一緒に選ぼう」
 
 ハインツは二つ返事で許可をすると、侍女に今ある招待状を持ってくるように命じた。二人で長椅子に仲良く並んで座る。ぴったりとくっついて座る姿はおしどりのようだわ。
 
 これが婚約している二人ならなんと微笑ましいことか。所詮、愛人なのよね。と侍女たちは思っているに違いない。
 
 全ての招待状に目を通し、しっかり記憶したのだ。
 
 
 
 
 今日の私は忙しい。お兄様におねだりを重ね、商売のアイディア出しの手伝いをする約束と引き換えに、夜会に連れて行ってもらうことになった。連れて行ってくれれば、その後は帰っても良いと言ってある。ただ、遊びたいだけだと言えば、お兄様も納得した。
 
「だって、ハインツったら夜会に連れて行ってくれないのよ」
「そりゃあ、次期公爵様は忙しいんだろう」
 
 お兄様は知らないからそんなことを言えるのだわ。毎日のように女と遊んでいるだけなのよ。
 
「本当に、連れて行くだけで良いんだな?」
「ええ、ダンスしておしゃべりするだけよ。ちょっと会いたいお友達がいるの。ずっとお兄様に付き添ってもらう必要もないでしょう?」
 
 女一人で行くと体面がうんたら~ってお父様がうるさいのよ。と唇をと尖らせば、お兄様はそれ以上何も言わない。
 
 彼は本当に会場の中にエスコートして、知人数人と挨拶を交わすと会場を出て行った。最近お兄様は新しい事業に忙しいし、予想通りだ。お兄様がいるといろいろとやりにくいからわざわざ忙しい日の夜会を選んだのよ。
 
 さて、やりますか!