「なかったこと……になんてしちゃだめだね……私とキスなんてしちゃって……なんてお詫びすればいいか……」

「そうじゃ……ねーんだよ……」

途切れ途切れの薫の言葉に俺の声も震えた。

たった一回のキスを、俺がどれだけ勇気を出したか知らないだろ……。あの緊張も嬉しさも、俺にとっては薫との大事な思い出なんだよ。ノーカウントなんて思わない。

ポケットに入れたスマートフォンが震えて音が鳴る。もうステージに上がる時間だ。体育館から消えた俺を探す電話だろう。

「頼むから……なかったことにしないで……」

「私はなかったことにしたい……」

薫の願いに呼吸が止まってしまいそうだ。

「薫が好きだ!!」

人目も憚らず声を張り上げた。
嘘偽りのない本音だ。けれど薫は泣きながら笑う。

「もう嘘はいいんだって」

「嘘じゃない!!」

またスマートフォンが鳴った。今戻らないと本当にマズい。でもこの場を離れることもできない。

「終わりにしてください」

薫は俺に頭を下げた。涙が地面に落ちでシミを作る。
周りから「修羅場?」「別れ話?」と無責任な笑い声が聞こえる。薫は耳まで真っ赤になっている。
薫を惨めにしているのは俺だ。最初から俺がすべて悪い。

「とにかくどこか移動して落ち着いて話そう」

「早く体育館戻って。もう始まっちゃう……」

「そんなのどうでもいい!」

「言ってくれなかったのは私をからかってたから?」

「え?」

「いつでも冗談だよって言えたのに……本当のことを言ってくれなかったのは私が面白かったからでしょ?」

「違う!」

「罰ゲームだって知ってる人たちは楽しんでた? 私が蒼くんの彼女気分でいること」

「そんないい方しないで……」

「ふざけんななんて怒鳴られるまでとは思わなかった……勘違いして本当にごめんなさい……」