「学生さん、また来たか。」
柏木の声が聞こえると、溜め息が溢れそうになるのを、グッとこらえた。
「そうよ。また、来てしまった。」
「お前は馬鹿だな。ここを通らずとも、北から八景水谷の桜林を通ればよかろう。そちらの方が大学寮からは近いし、暫くすれば桜の見頃ではないか。」
「何も知らないのね。あの桜林を通るヒトなんていないわ。あそこを通るのは猫か鼬くらいよ。」
「分からんな。何故通れないんだ?」
「さあね。学生管理局が禁止しているから。理由は私にも分からない。」
「お前はおかしな奴だ。勉強する理由も分からんし、ただの桜林を通れない理由も分からんとは。」
「ふん、ネコに何が分かるのよ。私はいずれ司法局に入って、文官になるのが夢なの。その為に大学にも通っている。」
「司法局だと?」
そう言うと、竹丸はまるで人間のようにクスクスと笑った。
「なんで笑うの?」
「あそこはお前には無理さ。」
「分かってる。あそこは試験も難しいし、それに、まあ良いわ。こんなことを猫に話す義理も無い。」