思えば私の非日常は、こうして始まっていた・・・

 この七国大学町に来てから、もう何度目かの春が訪れようとしていた。

 八景水谷の桜の蕾が開き始めると、町中の学生寮はすっかり空になり、薬屋や書店などが軒を並べる目抜き通りにも、寂しさが目立ち始める。

「学生さん。……おはよう。」

 定期食堂に行こうとして、いつものように魚屋の角の路地裏に入ると、聞きたれな甲高い声が耳に届いた。

 またなの、と思いながら、その声の主の方に目を向けると、古めかしい焦げ茶色の空樽の上に、ちょこんと居座る三角耳の丸顔がこちらを見上げていた。

「やっぱりアナタなの、柏木。」

 薄暗い光を放つガス灯が、春夜の道を微か照らし始めていた頃合いだった。