店は繁盛しているのか、大学町にも劣らない品揃えであった。

 しかし客はおらず、店の主人は私が店の前へ現れても、接客もせずに暇そうに外を眺めていた。

「あの、ご主人、すみません。

 この町に私塾を開いている古寺があると聞いたのですが、ご存知ですか。」

 そう尋ねると、店の主人はゆっくりとこちらの方に視線を伸ばした。

 男性にしては綺麗な翡翠色の瞳がこちらを見つめる。

「お客さん、困るな。魚屋に猫を連れてきちゃ。」

「は?」

 私は一瞬、その言葉の意味を理解できなかったが、主人が指差す通り、左肩の方へ目を移すと、やっとその意味を解することが出来た。

「学生さん、何かお困りかな。」

 見飽きた黒い丸顔に、いつもの聞きなれた声。

 そこには、柏木が悠然と座っていて、私の顔を眺めながら、いつものように話し掛けて
来ていた。

 既に汗は引いていたというのに、今度は冷や汗が太腿から足首にかけて流れて、ひどく気持ちが悪くなった。