里の桜祭り。
川沿いの長い桜並木。
いくつもの灯りが木々を照らしている。

「うわー」
ヒラヒラと舞い落ちる桜の花びらに、八雲が目を輝かせる。

本当に、なんて綺麗なんだろう。
小さな頃にも来たはずなのに、食べ物や夜店の記憶ばかりで桜を見た覚えがない。

広場に組まれたやぐらの上からは、太鼓や笛の音が響いている。
行き交う人々もみな笑顔。

「俺、桜餅買ってくるね」
須佐はすでに食い気に走っている。

「あまり遠くに行かないでね」

声はかけたけれど、きっと聞こえていないと思う。
すでに、須佐の姿は見えない。

「稲早、なんだか寒いね」
八雲が上着の襟元を閉める。

「そうね」
私も襟巻きを巻き直した。

桜祭りは雪解けを祝う祭り。
道端にはまだ残雪が残る。
長い冬を耐えしのいだからこそ、この桜の美しさは格別なのかもしれない。

八雲も私も須佐も、山を下りるときに着替えてきた。
普段の神職姿ではなく、町の子が着るような普段着。
目立たないように、地味な物を選び、
長い髪も無造作に結んだ。

「稲早、見て。かわいい」
桜色の小さな髪飾りを手に、八雲の笑顔がこぼれる。
「ほんと、かわいいね」
私も同じ物を手にした。

「稲早には桃色ね。私は、紫」
八雲が色を選び、髪にあててみる。
さすが、よく分かっている。

つやのある黒髪を肩まで伸ばした八雲。
鼻筋の通った高い鼻。
大きな瞳は、漆黒。
唇は、紅を差したような赤。
神秘的な雰囲気が漂う八雲には、紫色がよく似合う。

一方、私の髪は薄茶色。
日に当たると金色に見えたりもする。
綺麗と言えば綺麗だが・・・気持ち悪いと言われることの方が多い。
肌は透けるように白く、瞳は焦げ茶。
とにかく、色が薄い。
そういう意味では、八雲が選んだ桃色の髪飾りがよく似合うはず。