4月。

深山では神子たちが13歳を迎えると、それまでの共同で住んでいた宿舎を出てそれぞれの館へ移る。
もちろん朝夕のお勤めや勉学の時間は変わらないけれど、それ以外は自由に過ごせるようになる。

この春、私たちは宿舎を出た。

「稲早、里の桜祭りって知ってる?」
私の館へ遊びに来ていた八雲が、唐突に聞いてきた。

「知っているわよ」
当たり前じゃない。

里の桜祭りって言えば中の國の春を迎える行事の1つ。中の國の皇女である私が知らないはずはない。
小さい頃、まだ深山に上がる前は毎年父様や母様と行っていた。

「行きたい」

え?
ポツリと言われた一言に、私は答えられなかった。

いくら宿舎を出たと言っても、私たちは修行中の身。
勝手に深山を降りることは許されない。
それも、夜なんて・・・絶対無理。

「ダメかなあ?」
なおも、八雲は聞いてくる。

「何で、そんなに行きたいの?」
「桜が見たい」
「はあ?見たことないの?」

何気なく言った私を、八雲はさみしそうに見た。

桜を見たことないなんて、
「嘘でしょう?」

首を振る八雲。

「いいの。1人で行くから。夜こっそり行って帰ってくればバレないと思うし」

何でもないことのように言うけれど、そんな簡単な話ではない。

「八雲・・・」

そんなことさせられる訳ないと、分かって言っているのだろうか?
私や須佐が放っておけないのを見越して、駆け引きしているんじゃないかと疑ってしまう。

もー、仕方ないなあ。
「じゃあ、私も付き合うから。とりあえず、須佐に連絡しておいてよ」

もしバレても、3人まとめては破門にできないでしょうしね。