「志学、遅いわね」

扉の隙間から外を伺いながら、不安そうな白蓮。

「心配しなくても、もうすぐ帰ってくるわよ」
内職をしながらお母さんが答える。

その光景を私はぼんやりと眺めていた。
私には経験の少ない親子の時間。
もしかなうなら、私だってこんな時間を過ごしたかった。
でも・・・

「稲早さん、どうかしたの?」
私の表情が曇ったことに気づいたお母さんが声をかけてくれる。

「大丈夫です」

「そお?本当に、ごめんなさいね」
「いえ」

白蓮の事情を知ってしまった今、お母さんたちを恨む気持ちはもうない。
気の毒だと思うし、もし自分が白蓮の立場なら同じ行動をとったのかもしれないと思っている。
こうなったのも運命と言ってしまえばそれまで。何とか打開策を見つけるしかない。

「そうだわ、せっかくだから今日はお赤飯を炊きましょう」
何かを思い出したように、お母さんが手を打った。

え?

お赤飯ってお祝いの料理。
ごちそうには違いないけれど、今夜のような日にふさわしいのだろうか?

「お赤飯は嫌い?」
私の反応を見て、お母さんが首をかしげた。

「いいえ、好きです」

お赤飯は深山でも年に何度か出る特別な料理。
お米と小豆が柔らかく炊きあがったところに、ごま塩をかければ何膳でも食べられる。
でも、

「ちょうど小豆もあるから支度をしましょう。今からなら間に合うと思うから」
「ええ」
それ以上何も言えなかった。


小豆は納屋にしまってあるからというお母さんについて、畑と納屋に材料の調達。
私もお手伝いに同行し、一緒に季節の野菜も収穫して夕飯の材料がそろった。

あとは帰って料理をするだけと、家へと向かおうとした時、

「稲早っ」
大きな声で名前を呼ばれた。

え、嘘。

私はその場で固まった。