「良かったら事情を話してみないか?」
沈黙の中、それまで不機嫌そうにしていた尊が口を開いた。

「・・・」
しかし、誰も何も言わない。
それもそのはずだと思う。
どこの誰かも分からない、しかも誘拐してきた相手に事情を話せという方が無理がある。

みんな黙ったまま、重たい時間が流れた。

すると、
「あんたたち、稲早を白蓮の身代わりにしようとしてるんじゃないのか?」
尊が意外なことを言い出した。

身代わり?
確かに、私と白蓮は少し似ているけれど・・・

「どういうことなの?」
説明を求めるように、視線を尊に向ける。

「はあー」
仕方ないなとため息をついた尊が、私の方を向いて話し出した。

「雲居は平和な土地だよ。他の国に比べても安全で秩序が保たれている。犯罪も少ないし、女性や子供が夜1人で出歩ける国なんて本当に珍しいんだ。きっと、穏やかな気候と豊かな食べ物が人の心を穏やかにさせているんだと思う」

へー。
自覚はないけれど、言われてみればそうかもしれない。
雲居が飢饉に見舞われたという話も聞いたことがないし、隣国から襲われることもなかった。
やはり神様が・・・

「神様のご加護かどうかは別にして、雲居は恵まれたところだ」

え?
今私の思ったことが、
「それだけ顔に出せば、誰でも分かる」
なぜか不機嫌そうな尊。

無性に恥ずかしくって、私は下を向いた。
なんだか馬鹿にされた気がして、顔を上げられなくなった。

「とにかく、雲居は暮らしやすいところだ。しかし、色を持たない人間を欲しがる人は世界中にたくさんいる」
苦々しそうに言う。

色を持たない人間を欲しがるって・・・どういうこと?

「事情を話してください」
私はお父さんの方に視線を向けた。
もし、尊の言うことが正しければ、私も無関係ではない。
身代わりにされるかもしれないんだから。