「稲早、綿あめだよー」
すでに、八雲は隣の店に移っていた。

「はいはい」
髪飾りを店に戻し、私も後を追う。

綿あめ。あんず飴。桜餅。
次々と手を伸ばしていく八雲。
私も綿あめは大好き。
口に入れた途端になくなっていく感覚が、たまらない。
私たちは口の周りをベトベトにして、綿あめを食べながら歩いた。


「稲早ー」
遠くの方から須佐が呼ぶ。

 「何?」
人出が多いせいか、多少声を上げた位では誰も振り向かない。

ザワザワとする祭りの広場。
たくさんの音があふれている。
普段静寂の中で暮らす私たちには苦痛ではあるけれど、そこは普段の鍛錬で意識をそらすこともできる。
こんな所で、修行の成果が現れるなんて・・・

「向こうで、大道芸をしていたよ」
興奮した様子で、駆け寄る須佐。

「へー」
八雲も興味を示す。

その時、
ドンッ。
八雲が誰かにぶつかった。

「すみません」
頭を下げる八雲だけれど、
「あーあ、綿あめが付いちゃったよ」
ぶつかった男が服をはたく。

確かに、八雲の持っていた綿あめのベトベトが、男の服に付いてしまっている。

まずいな。
咄嗟に感じた。
この男には、悪意がある。
上から見下ろす視線と、あざ笑うような言葉。
何よりも、何かを企んでいるのが口元の笑みに見て取れる。
きっと、わざとぶつかったんだ。