泉を解放し、近隣の村々が続々と集まっていく中で教王国との戦闘も行う激務が続いていた。
 当初は大きな砦だなと思っていたが、人が集まるにつれそうでもないと感じてしまう。
 特に、移住区に関しての問題は急務であった。

「資材が足りない⁉ おいおい、待ってくれよ」

 ゼイニさんたちが全力で各地から必要資材を調達しているが、まるで追い付かない。
 それに、砦からはみ出た住人たちを護るために簡易的な柵なども必要で、防備と住の両立はかなり困難を極めている。
 
「ファルス隊前ぇぇ!!」

 遊撃隊として常に砂漠を見張っているファルスさんたち、籠城が難しい現状では砂漠での野戦一択なので早期発見が第一条件だった。
 それでも、安定的に水が手に入ることにより多少の不満はあるものの、ここに住むのに否定的な人は少なかった。
 それに、元々教王国の圧政に対し困っていたので何度も敵を退けている私たちの元に来たいと思うのは不思議なことではない。

「次は食料かしら……」

 問題は山積みだから、立ち止まっている暇なんてなく常に動いていなければならない。
 疲れた足が砂にとられそうになるのを踏ん張ると、一つ呼吸を整えて歩き出していく。
 
『レイナ、来たわよ』
『おひょ! こりゃ、随分と懐かしい気配じゃないか』

 誰の視線にも入らない、岩場の影に入った瞬間に嫌な気配に包まれた。
 私の中にいる二つの存在も何かを感じ取ったようであわただしくなる。

「どうもどうもレイナ様」

「相変わらず辛気臭い気配なのね」

 背後からゾワっとする感覚に恐れることなく振り向くと、先日のフードを被った存在が立っていた。

「あなたの望み通りイフリートは解放したわよ」

「クククククッ……それはそれはありがたいことで」

 どうもお礼を述べにきただけのようには見えない。
 むしろ、怒りに似た気配を感じ取ってしまう。

「自分の計画が外れた気分はどうなのかしら? ラバルナに夢まで見せたみたいだけど」

 冷静な彼の思考を惑わせ、魔人復活を目論見この地を血で染めようとした存在に対し質問を投げかけてみた。

「ふむ、実に人間は単純ですね。ちょっと英雄気取りな夢を見せてやるとぽっとその気になってしまう。実に扱いやすい」

 だが、それを実行できるかはその人しだいだ。
 彼には泉の正規軍と戦える実力が備わっていたからこそ、この存在は私たちを頼ってきたのだろう。

『レイナ気をつけろ、こやつかなり下っ端だが強いぞ』

「ほう、イフリートも随分と懐いておられますな。先の大戦でこの地を救った英雄とは思えない姿ですが……」

 私の中にいる気配に気が付き、ニタニタとしたまとわりつく気配に変わる。

「それで? どうしようっていうのかしら? また魔人を復活させるの?」

「まさか、そんな面倒なことはやりませんよ。ただ、警告したく来ただけです」

 警告? 何を警告してくれるのだろう?
 
「我が主、前回はイフリートをこう申しておりましたが、お気づきのように主は別におられます。その主から言付けを頼まれたので来ました」

 懐にゴソゴソと手を入れて何かを探している。
 いったい何を探している? 警戒しながらソマリの力をいつでも発揮できるように準備をしていると、水晶が現れそれが朱く光り出した。

『愚かな人間どもよ……よく聞くがよい。この地はわが故郷であり貴様らのような低種族が住んでよい場所ではないのだ』

 獣が無理やり人の言葉を話しているように聞こえてくる。
 ゾクゾクと嫌な感じしかしない、こう胸の奥が怖いと直感で怖いと思ってしまう。
 低く、よく響く声は淡々と言葉を繋げていった。
 
『我らが神に対し、盾突く愚かな種よ。その行動は自らを滅ぼすと思え』

「へぇ、神様なの? なら、なぜ自ら出てこないのかしら? 不思議よね。イフリートと人間との戦争に一度は敗れているみたいだし、そんなに私たちを下にみているなら、さっさと姿を見せてよ!!」

 段々とイライラしてきた。
 ついカッとなって言葉を発ししまったが、かなりマズイだろうか?
 
『…………愚種が、強がっているのも今のうちだ』

 その言葉だけを残し、光が消えていく。
 いったい何を警告しにきたのだろうか? とりあえず、今すぐは現れないってことで良いのかしら?
 
「ククククッ我が主は寛大である。だが、人間どもよ覚悟だけはしておるのだな」

 そう言って、前回同様に布きれ一枚だけ残して姿を消した。
 突然現れて、一方的に伝えて消えるなんて卑怯じゃない? まぁ、今それを考えるよりもやらなければならない事がたくさんあった。

『レイナよ……気を付けるのだぞ』
「大丈夫、だって私にはあなたちがいるじゃない」

 それに、前回は引き分けまで持ち込めたのだから今回も人間たちが協力し合えばなんとかなるかもしれない。
 厄災は突然に来ると思うが、それに備えておく必要はあるのかもしれなかった。

『レイナ、済まない。前回の戦争で我々は敵を封印することしか叶わなかったが、そこにヤツはいなかった』

 ヤツ? いつも陽気なイフリートが随分と萎んだ感じになっていた。

「どういうこと?」

『イルルヤンカシュ含め、魔人たちもヤツの手下よ。そう全てを飲み込む存在ティアマトじゃ』