「どうか、いつまでもお元気で」

語尾がひっかかり、消えた。
そのたったひと言が初子の母親への愛情だった。

別な道を選んだ母、憎み恨んだ母。それでも、子は容易に親を嫌いになれないのだろう。

「初子も元気で。旦那様と仲良くね」

そう言って、柴又好江はぽろぽろと落涙した。初子が立ち上がる。

俺は一礼し、チェックを済ませて初子を追った。初子はロビーにいた。ラウンジからは見えない位置だ。

「帰ろう、初子」
「はい」
「夕食は俺が作ろう。焼きそばなんてどうだ?」
「はい」

初子は黙って俺の後をついてくる。その手を強引に握った。
ぐんぐんと歩くと、歩幅が違うので初子は小走りのようになる。それでいい。早くここから連れ出してやりたい。

「連さんのおかげで、母と話せました。ありがとうございました」
「嫌ではなかったか?」
「いえ、私には必要なことでした」

マンションまでは歩ける距離だが、今日はさっさとタクシーを拾い自宅を目指す。
タクシーを下り、エントランスに来た時点で、初子の双眸からは滝のように涙がこぼれていた。