「話はしてないだろう。追い返しただけで」
「話すことはないので、問題ありません」

頑なな言葉を口にし、初子はこちらを見ない。

「初子に会いたいと話していたよ。正直に言えば、俺は会わなくてもいいと思う。会わせたくないとも。初子が嫌な想いをするだろうと思うから」

キッチンの初子は黙っている。横顔が硬い。

「だけど、会わずに終われば、初子が後悔するんじゃないかとも思う」
「後悔なんて……するはずがありません」
「そうだろうか。母親に直接怒鳴ってやれる機会はもう巡ってこないかもしれないぞ」

初子がぴくりと肩を揺らした。

「親父さんが文治に返した五百万を弁済する準備をしているそうだ」
「美雪から聞いています。てっきり方便だと思いましたが、本当なんですね」
「謝罪の気持ちは間違いなくある。俺も同行するから、一度だけ会ってみないか」

おそらく俺の勧めだからだろう。
随分長い沈黙の後、初子は頷いた。
ようやくこちらを見た瞳は鬱屈とした困惑をたたえていた。可哀想なことをしているだろうか。
いや、初子の心のためにもきっと必要なことだ。俺は自分に言い聞かせる。