「俺は初子とあなたを会わせたくありません。ですが、初子にとってはあなたと会うことは必要なことかもしれません」

初子が傷つき、悲しい想いをするなら、親子の対面なんて必要ない。しかし、母親への憎しみはまだ初子の心に巣食っている。俺が救いたいのは初子ただひとり。その一助となるなら。

「明日の夜、このラウンジに初子を連れてきます。そこでお話なさってください」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」

柴又好江は何度も頭を下げた。涙がテーブルに落ち、クロスに丸い染みを作っていた。



母親と会わないか。
相談は夜に切りだした。早めに仕事を切り上げ、家に戻り、ふたりで夕食を取った後だ。初子の淹れてくれたお茶を飲みながら何気なく語り掛ける。

「初子のお母さんに会ってきた」

初子からは沈黙しか返ってこない。部下としての忠誠心の名残でどんなときも返事をする初子なのに。シンクに洗い物を下げ、そのまま戻らないのだ。

「初子」
「……はい、聞いています」

ようやく聞こえた返事は動揺を押し隠したものだ。

「明日の夕方、仕事が終わった後に、もう一度会ってみないか」
「今日すでに会いました」

初子は断ち切るように言った。