「おかえりください」

初子は厳然と言い放った。ただのひと言も会話する気はないと言わんばかりに、直立の姿勢で母親を見つめる。

「お話することはございません」
「初子……」

彼女はそれ以上発することができなかった。能面のごとき初子の無表情をしばし見つめ、それから諦めたようにうなだれた。俺に深々と礼をし、彼女は応接を出て行った。
俺と初子は応接に残された。初子はうつむき、黙っている。その肩が震えている。

「初子、これでよかったのか」
「……はい」

ぎりと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。感情を堪える強い音だ。

「いいんです。あの人を、私の家族と文護院家に関わらせるのは絶対にいけないことです」
「そうか、では戻ろう」

俺は初子の肩を抱き、応接を出る。階段のところで思いだしたように言う。

「渉外から、営業活動報告書をもらい忘れていた。先に戻っていてくれ」
「それでしたら私が」
「まだ、下に彼女がいたら嫌だろう。先に行っていなさい」

俺は初子を押し出すように階段を上らせ、自分は一階に降りた。足早に支店内を抜け、外へ出る。大通りをメトロの入り口に向かって歩く背中を見つけた。

「すみません」

俺は声をかける。初子の母親が弾かれたように振り向いた。

「ご連絡先を。今日の午後にでもお時間をいただけませんか」
「は、はい」

初子の母親がスマホを取り出した。