俺はグラスを傾け、ビールを口に含む。

「もしかして、撫子にそのことを話したのか?」

恭が困ったように笑い、頷いた。

「ああ、結婚式のあとに。あの頃、撫子に恋をしていたわけじゃなかった、と。だけど、一緒に過ごすうちにきみに惹かれた。今は撫子を誰よりも愛してるって」

俺は深く嘆息した。なるほど、それが撫子を傷つけたという経緯か。

「黙っているのがフェアじゃないと思ったなら、馬鹿正直すぎるぞ。おまえらしくないな」

頭が切れ、戦略的に勉強も仕事もこなしてきた恭が、言わなくてもいいことを告白して撫子の不興を買うとは。

「何十年も一緒にいるんだ。少しでも後ろ暗く感じることは、包み隠さずにおきたい。スタートが恋じゃなかったということは、俺にとっては問題じゃなくても撫子にとっては問題になると思ったんだ」

それだけ撫子を大事に思ってくれているのだろう。兄としては嬉しいことだ。
黙っていれば、撫子はずっと恋愛感情で繋がったと思い続け、疑問も持たなかっただろう。つまりは、こだわっているのは恭の方。恭は撫子に誠意を見せたかったのだ。

「撫子も馬鹿だな。最初から、恭に愛されて婚約したと思っていたなら、とんだ思い上がりだ。恭ほど女子にモテまくっていた男が、わざわざ小娘を選ぶはずがないだろうに」
「モテまくっていたのくだりは、言わなくていいな」

恭が苦笑いするので、俺も笑った。