「撫子は何も言わない。何があったか教えてくれるか?」
「はは。新婚家庭に居座られちゃ困るものな」

恭は嫌味で言っているわけではなさそうだ。まあ、俺としては実際問題そうなんだが。

「俺が悪いよ。彼女を傷つけた」
「傷つけたって、浮気とかじゃないだろうな。一応妹なんで、事と次第によっては、俺も怒るぞ」

俺の言葉に恭が苦笑いする。

「最初に撫子との婚約を持ちかけられたのは俺が文治銀行に入行が決まり、彼女が高校生のときだったな」
「ああ、叔父が話しに行った」

イギリスのプライマリースクールで出会い、日本の高校で再会し、俺たちはずっと友人だった。
そこにはいつも五つ下の撫子がいた。幼馴染の真緒が女子だったこともあり、撫子は年が離れていても、俺たちの輪に入りたがった。そして、自然と恭に恋をしていった。撫子にとって、恭は初恋の人だろう。

「正直、その頃は撫子のことを妹としか見られなかったんだ。連の妹だったし、五つも下だ」
「叔父の手前断れなかったから婚約したのか?」
「まるっきり否定できない。ただ、俺も恋愛に熱心なほうじゃなかった。むしろ、連の妹なら気心も知れているし、将来を決めてしまってもいいかと思った。まあ、文治の後継者候補の話を持ちかけられたときは、ぎょっとしたけど」