『連の下に部下を付けることはずっと考えていたんだ。本店営業部の支店長はなかなか多忙でね。できれば優秀な人材に来てほしい。人品骨柄卑しからず、真面目で忠誠心が高い人物を数年がかりで探していたんだよ』

人品骨柄……私はお世辞にも良いとは言えない。
しかし、忠誠心だけはあると思っている。文治には恩があり、裏切るようなことだけは絶対にしない。
もしかすると、頭取はそのあたりを加味して私に声をかけているのだろうか。

『梢、きみにとってもいい話だと思うぞ』

越野支店長が言う。いつも厳しい口調の支店長が、今は私を気遣うような様子を見せている。私の表情が不安そうだったからだろうか。

『地方支店から本店営業部への異動はそうあることではない。それに、文護院連常務は未来の頭取。ここにいてはできない経験ができるはずだ』

その点については魅力的だとは感じた。本店営業部支店長の秘書業務。本部の仕事も経験できるかもしれない。一生縁がないと思っていた世界を経験できるなら、興味深くはある。
しかし、父と妹を置いて上京するのはためらわれた。
ふたりとも私がいなくても問題ないとわかっている。成人しているのだ。でも、私たちは今まで寄り添い合って生きてきた。父と妹と離れるのは……。