しかも、わざわざ頭取が転勤の話を持ってやってくるなんて、あきらかに妙なことである。何か特別な事情があるのだろうか。

『普通の転勤ではないんだ。私の甥である文護院連の下についてほしい。支店長室付きという形で、所謂秘書の役割をしてもらいたいと思っている』

文護院連、その名前は私も知っていた。
文治銀行の未来の頭取と言われる人物だ。頭取の甥であり、前頭取の息子にあたる人で確か三十代前半だったはず。すでに常務取締役執行委員の役職につき、現在は本店営業部の支店長でもある。

単純に聞けば、出世だ。栄転だ。
しかし、私は即座に嫌だと思った。文護院連について、あまりいい噂を聞かないのだ。

まず、ものすごく派手な男性らしい。装いや金使い、そして女性との交友に至るまで、とにかく一般的ではないとのこと。セレブを地でいく人だそうだ。

『あの……私が、ですか?』
『梢くんが適任だと思ったから、こうして来たんだよ』

頭取はなんの含みもない笑顔で言う。

『甥の連は噂されるほど軽薄な男ではないと、叔父の目からは思えるんだが、何分容姿も性格も華やかな男でね。きみのようなしっかり者がそばについて補佐してくれると助かるんだ』

そんな……わざわざ地方支店から私を引き抜いていくようなことなのかしら。ついつい、懐疑的な気持ちになる。