二人の選択肢 悠希


目を開けると、自分の部屋のベランダに横になっていた。あの『ユメヒカ』のネックレスを着けたときと同じ、暑さの残る夜だ。暗いのにまだどこかで蝉の鳴く声が聞こえる。
 体を起こして立ち上がると、ちゃんといつものベランダから見ていた風景だ。こちらに戻ってきて加護を失ったからか、体は重くて視界はぼやけている。身に付けている服はあの世界のもので、私の髪は都度自分で切り揃えていた短いまま。
 ああ、夢ではなかったんだな。自分の世界に戻ってきたんだ。そう思うと涙があふれてきて、しばらくの間泣いた。皆の願いが叶ったかどうか、ちゃんと見届けることができなかったな。……テオドールも、大丈夫だったと、信じたいけれど。もう確かめる術はない。

 あの異世界へ旅立ったときと同じ日、同じ時間に戻ってきた私は、少しずつ自分の日常に戻っていった。一年以上を向こうで過ごしていたので、精神的には一つ歳をとったことにはなるけれど、見た目もほぼ変化は無く特に変わることもない。人や物の動き、大きな声等に敏感になったりしたけれど、幸いにも大きな支障が出ることはなかった。
 今日も大学からのいつもの帰り道を歩いていた。もう冬になるのですっかり空気が冷えて息が白い。マフラーを巻き直して口元まで覆う。

 あれから、私の中の『彼』が私に応えてくれることはなくなった。私の生活はあんなにも『ユメヒカ』に染まっていたのに、たくさんのグッズも今は目のつかない場所にしまいこんでしまった。何を見てもどうしてもテオドールを思い返して、こうじゃなかった、と比較してしまう。これではあの世界へ行った時と反対だな。
 あの世界の出来事を思い返しては、ノートに書いたり、絵にしたりして残した。少しずつ、あの旅を忘れていくのが怖かった。あの大好きな笑った顔も。優しく触れてくれた手の感触も。私の名前を呼ぶ穏やかな声も。忘れたくないけれど、時間がたつにつれ少しずつ薄れていく。全てが思い出になってしまう。神殿での戦いで出来た左肩の咬み傷と背中の爪痕は、あの時の治癒でも治りきらず今も痕が残っている。それがあの出来事が現実だったのだと、信じさせてくれる。
 ……今日は何故こんなに思い出すのか。とくに寒いから、傷痕が痛むせいかな。
 もしあの時願いの数が増えていたら、私は何を願っただろう。ゲームのようにあの世界に残ったり、こちらに来てもらうだけでは本当の意味では叶ったとはいえない。私にも、テオドールにも、それぞれ置いていけないものがある。

 例えば、

 いつでもあの世界に行けたら。
 もしくは、同じ世界に生まれていたら。
 それとも──

 願っても無駄なのに。口からこぼれ落ちた。
「………テオに、会いたい」