小さな村にたどり着くと、休めるように空き家を借りた。翌日になっても瑠果ちゃんはまだ意識が戻らない。大きな怪我は特になく、ただ眠っているだけ。ベッド横の椅子に座って瑠果ちゃんの手を握った。……暖かい。時折不安になって口元に手をかざして呼吸を確認してしまう。あの時私の名前を呼んでくれたし、大丈夫だ。と思いたい。
 いつの間にか眠ってしまっていたのか、体を起こすと肩からぱさりと何かが──毛布が落ちた。様子を見にきた誰かがかけてくれたんだろうか。
 ぴくりと、握っていた瑠果ちゃんの手が動いた。
「瑠果ちゃん……!」
 ゆっくりと瞼が開いて、ヘーゼルの瞳が私の姿をとらえると、目を細めた。
「……やっぱり、悠希さんだった」
 私の手を顔のところまで持ってくると、握っていることを確認するようにきゅっと力をこめる。いつもの、瑠果ちゃんの暖かい魔力を感じる。
「皆が私を囲んでいるのを上から見てて……あとは暗い場所で、誰かが私を……私、なのかな。呼んでた。悠希さんの声が聞こえたから、目が覚めたの。ありがとう」
 ふんわりといつものように笑った瑠果ちゃんに、安心して涙がぼろぼろこぼれた。瑠果ちゃんが死んでしまうのかと思って怖かった。このまま目が覚めないかと不安だった。瑠果ちゃんは手をのばして私の頭をそっと撫でてくれる。
「ごめ、目を覚ました……ばっかりなのに……」
 まだちゃんと体も動かせないかもしれないのに。涙が止められない。瑠果ちゃんは、落ち着くまでしばらくそうしてくれた。

 瑠果ちゃんは、自分と私にも治癒魔法をかけた。体を起こすと、ふう、と息をつく。少し楽になったようだ。しばらく手を握って開いたり伸びをしたりして状態を確認する。
「体はどう……?」
「重いけど、ちゃんと感覚もあるみたい。
臨死体験なんて、できればもう2度としたくないな……」
 そう言って苦笑いした瑠果ちゃんは、意識が混濁した様子もなさそうだ。
「あの暗い場所は穢れの気配が漂ってた。もしかしたらあの道の先で呼んでいたのは闇の神……だったのかな。……すごく、優しい声をしてた」
 瑠果ちゃんの見た不思議な場所は、中央神殿にある祭壇……浄化のアクセサリーを奉納する場所への道に似ていたらしい。
 闇の神は、はるか昔に封印されてから少しずつ『神の御使い』を使ってその力──穢れをひとつのところに集めている。力を集めて顕現して、そしてすべてを包み呑み込む。理由なんてない。闇の神という存在が、そういう性質をもっているからだ。ゲームでは、そういうことになっている。封印によって保たれた世界の力の均衡が少しずつ崩れ、闇の神を倒す……再び封印することで世界の力の均衡を戻していると、そう書かれていた。顕現するときはニコラウスの体を依り代にしているので、やはり最初はそのまま戦うことになってしまうだろうか。
「そろそろ皆に、この後のことを伝えた方がいいかな……」
「うん、そうだよね……」
 心の準備も必要だけど、もし……闇の神と戦いたくないというなら強制はできない。たぶんそれはないとは思うけど、今までずっと隠してきたことだからとても気が重い。話す内容をすり合わせながら、この村を出る前に皆と話をすることに決めた。
 村で穢れの噂を聞いたというので、私とレオンハルト、アルフレートの三人で浄化をしにいくことになった。
「魔法が使えないから、何かあったらお願いします」
 村のそばの森を三人で歩きながら改めて二人にお願いする。今の私は完全に戦力外だ。
「わかってる。魔法で防壁を作っておくから。」
「よろしくな、アル!」
「レオンは自分でなんとかできるでしょ。」
 仲良しだなあ。気心知れている感じのやりとりにほっこりする。別れて旅をしていた分合流後もやっぱりテオドールとバルトルトとの行動が多かったから、この二人と一緒なのはちょっと新鮮だ。
 道を進むうち穢れの気配が濃くなって、地面に土が盛り上がったりぼこぼこと穴が開いているところが増えてきた。足をとられて危ない。もしかして地面に何かあるのかなと思ったところで、足元から小さな地響きがした。穢れの気配も下からだ。
「地震か?」
「地面の中になにかいる!」
 近くの地面が盛り上がり、土を掻き分けてなにかが頭を出した。爪が大きく鋭くて大きなもぐらみたいだ。黒い霧をまとったもぐらはすぐに潜っていってしまった。
「ユウキ、木登りはできそうか?」
 レオンハルトの唐突な問いに首をかしげる。できるかと言えば、できるだろう。
「どこからくるかわからないから、ちょっと上にいて。」
「わかった」
 アルフレートの補足になるほどと頷く。辺りを見回すと、枝が程よく出ているし、あの大きな木が良さそうな気がする。木登りなんて小さいとき以来かも。ちょうどよく丈夫そうな太い枝が出ていたので、そこに座って二人の戦う様子を上から眺めた。
 大きなもぐらは地中の穴を行き来しているのか、地上に顔を出してはすぐに潜ってしまう。リアルもぐら叩きだ……すごく疲れそうだな。アルフレートが魔法でたくさんの水を地面に降らせた。……あっ、レオンハルトもびしょ濡れに……予告してくれ、それじゃ意味がない、って聞こえるぞ。でもそのおかげで水攻めにあったもぐらが地上へ逃げ出してきた。すかさずレオンハルトがずばっと斬り伏せて動かなくなった。……当たり前だけど、躊躇いがないな。
「よし! ユウキ、あとは任せた!」
「うん!」
 あっという間にもぐらを大人しくさせた二人がこちらを振り返って目を丸くした。
「結構高く登ったんだな……下りられるか?」
「大丈夫」
 座っていた木の枝からぶら下がって飛び下りる。土が先程の水で柔らかくなっていたので衝撃を吸収してちょうどよかった。アルフレートが目をぱちぱちとしている。
「……飛び下りるとは思わなかった。」
「ははあ、テオドールが面倒見良くなるわけだ」
「え?!」
 なにやら聞き捨てならない言葉が耳に入ったけれど、今はまず穢れを祓わなくては。もぐらのような生き物は、黒いもやの中すでに体が崩れかかっている。浄化の光に包まれてさらさらと砂のように消えていった。
 村までの帰り道、さっきのことをレオンハルトに聞いてみたけれど、俺は関係ないからな、と笑って教えてくれなかった。一体テオドールと何を話したんだろう……