閑話 瑠果


 さっきまで水の中にいたはずなのに、ふわふわと浮かんでいる感じがする。
レオンの呼ぶ声が下から聞こえたのでそちらの方を向くと、湖のすぐ側で皆が私を囲んでいるのが見える。……これはもしかして、幽体離脱というやつだろうか。悠希さんが私の名前を呼んで心臓マッサージを試みているけれど、なんだか遠い出来事のようで、夢を見ている心地だ。
 突然何かに引っ張られるような感覚がして、今度は真っ暗なところへきた。闇以外何もない空間。辺りの空気はよどんでいるようで、これは穢れ、なんだろうか。
 ……私はこのまま死ぬのかな。
────。
 どこかから──私の今見ている方角から、声が聞こえる。私の名前ではないけれど、声は私に呼び掛けているのだとわかった。とても、とても優しい声。
────、あと少し
  気がつくと、目の前に道が続いている。ずっと先に見えるのは、階段……だろうか。
 誰が呼んでいるの? この先に声の主がいるのか。

『瑠果ちゃん!!』

 足を踏み出そうとしたそのとき、後ろから悠希さんの声がした。そちらへ意識を向けたとたん、あふれる光に視界がふさがれる。
 水から引き上げられたような感覚に、肺一杯に空気を吸い込んで咳き込んだ。苦しい。力を振り絞るようにして目を開くと、険しい顔で覗き込む悠希さんと目が合う。
「………ゆうき、さん?」
 悠希さんは、今にも泣き出しそうに顔をぐしゃぐしゃにした。胸の辺りがずきずきと痛い。ああ、生きてるんだ。
 暗くよどんだあの場所、それにそぐわないとても優しい声。あれはいったい、誰だったんだろう。