体を引きずるようにして瑠果ちゃんの元へ向かう。
「瑠果ちゃん!」
 レオンハルトが抱き起こしていた体を再び地面におろしてもらい急いで状態を確認する。息は、確かにしていない。胸元に耳をつける。鼓動も聞こえない。
治癒は──無理だ。できる気がしない。そもそもこの状態じゃ役に立たないかもしれない。心肺蘇生……どうやるんだったか。震える。しっかりしなきゃ。きっと今ここで出来るのは私だけだ。記憶を探りながら気道確保をして、鼻をつまんで瑠果ちゃんに息を吹き込む。──反応はない。
「瑠果ちゃん!!」
 必死に呼び掛けながら、心臓マッサージをする。瑠果ちゃんに触れてもいつものように暖かな魔力が流れてこないのに気が付いてぎゅっと唇を噛んだ。
「お願い、戻ってきて!」
 もう一度だ。人工呼吸。続けて心臓マッサージ。ぐっと、反射のように瑠果ちゃんの体が起き上がり、水を吐いた。
「! 瑠果ちゃん!」
 瑠果ちゃんは、大きく息を吸い込んで咳き込んだ。
「………ゆうき、さん?」
 うっすらと開いたまぶたに、目が合ったのがわかった。名前を呼んでくれた。握った手からはいつものように暖かな魔力を感じる。
「よかっ、よかった……」
 涙があふれて、体から力が抜けた。そのまま倒れ込むようにして私の意識は途切れた。

 がたごとと振動を感じて意識が浮上する。馬車の中だろうか。なのにあんまり揺れを感じないな。体が暖かい。頭がぼーっとする。
 ──瑠果ちゃんは?!
 はっとして体を起こそうとしたら、額を思い切り強打した。
「──つっ」
 頭の上からの声。そぉっと視線を上げると、あごの左側を押さえたテオドールと目が合う。……ちょっと眉が寄っている。ぶつかったなにかはテオドールだったのか。かなり勢いが強かったし、結構痛かったんじゃないだろうか。私もおでこがじんじんと痛い。
 と、自分がテオドールの膝の上で横抱きされているような体勢だということに気がついて頭が真っ白になる。はくはくと口が動くけど言葉にならない。
「……起きたか。閉じないと舌を噛むぞ」
 そう忠告されたとたんがたんと大きく揺れた。馬車はかなり早いスピードで移動しているようだ。
「ユウキさん、目が覚めましたか」
 ほっとしたように、バルトルトが声をかけてくる。
「かなりとばしている。そのまま寝かせておいたら危ないからな」
 私の声にならない疑問にレオンハルトが答えてくれた。瑠果ちゃんも、同じようにレオンハルトに抱えられている。ちゃんと息をしているし、顔色も悪くない。アルフレートは御者台の方にいるみたいだ。皆が揃っていることに安心した。
 ひとまずちゃんとしたところで休めるようにと、人家に向けて移動しているようだ。確かにテオドールにしっかり支えられているおかげで揺れはあんまり感じない。体もだるいままだし、もうこの体勢には深くつっこまないことにする。……自分の心臓の音がすごくうるさい。テオドールに聞こえていないだろうか。
「ユウキ、君がいてよかった。あのままじゃ、ルカを失っていたかもしれない」
 そういってレオンハルトは微笑んだ。
「魔法が使えるようになったのか?」
 密着しているせいか声が体からも振動して伝わって、思わずびくりと肩が震える。
「まるで、命を吹き込んでいるみたいだった」
 レオンハルトの言葉を受け、そうだな、と同意する声にまた心臓が跳ねる。ひえ……すごく……身の置き所が無い……
「えっと、魔法はまだ、使えないみたい。あれは……うーんと……」
 心肺蘇生法、と言っても伝わらない気がした。治癒があるからかこの世界の医療は発展してないと思っていたけれど、やはりそうだったようだ。
「外からの刺激で、心臓の代わりと呼吸の代わりをする……のかな」
 果たして正しい説明になっているかわからないけれど、なるほどとバルトルトが頷く。
「そうなると、あれはあの状態になってからすぐでないと効果がないのでは?」
「うん、そうだね。
ついさっきまで心臓が動いていたから、なんとかなったんじゃないかな」
 私の拙い説明でもしっかりわかってくれたようだ。さすがバルトルト。
「もちろん絶対ってわけじゃないから……ものすごく、運がよかったと思う」
 私の言葉に皆が神妙な面持ちで頷く。ああ、本当に、受けたことがあって良かった救命講習。正しく出来ていたかはわからないけれど、なんとかなったので結果オーライだ。
 これは皆にも教えたほうがよいのだろうか。……でも、そもそもこの世界の人は人体の構造が同じなのかわからないなと、今更ながら思った。瑠果ちゃんは間違いなく同じだろうけど……
 皆と話していたら、だんだんまぶたが重くなってきた。テオドールの力強い鼓動を耳元に感じるせいもある。そういえば、さっきぶつかったのを謝ってない、気がする。
「テオ……あご、ごめん、痛かったよね」
「大丈夫だ」
 そう言うと、テオドールは私の頭をそっと撫でた。なるべく力を入れないようにしているのか、少しぎこちないのがなんだかおかしい。
「……もう少し眠っておけ」
「うん……」
 その手つきと優しい声音に眠気が誘われ、そのまま心地よいまどろみに意識を委ねた。