大好きなゲーム──私にとっては人生といえる大切な物語の恐らく主人公が、目の前に存在している。
まだ夢を見ているような信じられない気持ちになりながら、思い出して自分の胸元に目をやる。彼女の着けている指輪と同じく、紅い宝玉に銀の葉で縁取られているネックレス。こちらにきてからどうにも首が重いと感じていたけれど、私がベランダでうきうき身につけたものと違って、がっしりのチェーンにペンダントトップもずっと大きく主張しているものに変わっていた。
これはどう見ても、『ユメヒカ』に登場する浄化のアクセサリー……私も着けちゃってますけど?!
「たぶん、あなたも『神の御使い』として召喚されたんだと思うの」
「『神の御使い』……私が……?」
混乱する私にかけてくれた『神の御使い』という言葉に、もしかしてという気持ちがより確かなものに近づく。ここが『ユメヒカ』なら、彼女がヒロインなら、さっきここに来ていた彼らは恐らくゲームの攻略対象達だ。つまり、『彼』に似ていると思った先程の人物はきっと……いや間違いなく、私の好きな、テオドールだったということになる。
「ひえ………」
本当の意味で夢に見た、会いたかったけれど絶対に会えるわけのなかった相手。それが、存在しているの?! いやいやいや、そもそもここが『ユメヒカ』のゲームと全く同じかどうかはわからない。痛みを感じる夢の可能性もあるし……でも……限りなく『ユメヒカ』に近い世界、なら。歓喜や戸惑い、色々な気持ちがない交ぜになる。叫びだしそうになるのを何とか堪えて、それでも抑えきれず頭を抱えてしまった。
「だ、大丈夫? どこか痛いところある?」
「ああの、いや、ごめんね、大丈夫……」
突然の奇行に走る私を心配してくれるヒロインまじ天使。大丈夫だけど、大丈夫じゃないです……
「色々話さなければいけないことがあるけど……まずはこれだけ聞いておきたいの」
「うん」
いかんいかん、今はお話をちゃんと聞かねば。彼女の真剣な面持ちに、私も背筋を伸ばして頷き返す。そして、そのあとに続いたのは──
「もしかしてあなたは、『この世界』を……
『ヨゾラにユメを、キミにヒカリを』を、知ってる?」
「──えっ
………ええっ?!」
全く予想だにしなかった言葉だった。
◆
乙女ゲーム『ヨゾラにユメを、キミにヒカリを』──通称『ユメヒカ』は、自分でヒロインを動かし、時には敵と戦いながら物語を進める、女性向け恋愛シミュレーションRPGだ。
ある日ヒロインは、ファンタジーな異世界アインヴェルトに『神の御使い』として召喚される。その役目はアインヴェルト各地で発生している『穢れ』を祓うこと。穢れを長期間放置するとその土地の力は淀み、痩せて腐り、やがて動物が凶暴化したり魔物が発生したりと、だんだんに荒廃していってしまう。
しかし、アインヴェルトで穢れを祓えるのは光の神の加護を得た異世界人のみ。世界の穢れが増加すると、加護の付与されたアクセサリーがどこからか出現し、それを介して『神の御使い』と成りうる人物を召喚することができるシステムだ。
役目を果たせば元の世界に帰ることが出来ると知り、ヒロインは『神の御使い』としてアインヴェルトの穢れを祓うことを決意する。
『ユメヒカ』において、穢れを祓ってもらうことはその土地の者にとって滅びを免れる大切な手段となるが、『神の御使い』を手元に置くことのメリットはもうひとつある。
祓った穢れはアクセサリーの宝玉に蓄積され、最後には大陸の中央にある光の神の神殿に奉納する。その時に役目を果たしたご褒美として神様から三つの願いを叶えてもらえるのだ。──叶えられる願い事が何故三つなのかというと、アインヴェルトの神話に由来していて、浄化のアクセサリーの要である宝玉とそれを包み込んでいる三枚の若葉が、その神話をモチーフにして作られているらしい。
ともかく、『神の御使い』召喚に成功したならば、あわよくばその願いの枠ももらってしまいたいという考えに至るのは想像に難くないことだ。
アクセサリーは大陸各地にいくつも出現するが、そのすべての召喚は成功するとは限らない。召喚を実行する人物の力量だったり、土地環境にも寄る。そして、失敗した時の反動は大きく、周囲を巻き込んで被害を出す。
そこまで考えて、あることに思い至りハッとなる。序盤で召喚に失敗し滅びた村に訪れるイベントがあった。ヒロインはそこで初めて土地の穢れを祓うのだ。もしかして私がこの世界に来たのは、その召喚が成功してしまった形なんだろうか? きっとあの村の人たちは、土地の穢れを祓う以外に願い事も叶えさせようとしていたのだろう。それならばすんなり言うことを聞かせるため、隷属の儀式を準備していたのも納得できる。
ゲームの話に戻ると、最初はただ元いた世界に帰るためだけに役目を果たしていたヒロインだけれど、旅をするうちに攻略対象達と親交を深めて、特定の相手と恋仲になる。
実は穢れは封印された闇の神の力で──光の神殿に穢れを奉納していたと思いきや、今までの『神の御使い』も闇の神復活の儀式を手伝わされていた訳なんだけれども──復活した闇の神を皆で倒して、救いだした光の神に願いを叶えてもらい、お相手と結ばれる。めでたしめでたし。ちなみに、ハッピーエンドは異世界残留エンドとお持ち帰りエンドの二つ。私は攻略対象の大切にしていたものがあるアインヴェルト残留エンドの方が好きだ。
とまぁ、物語自体はよくある王道という感じだ。王道すばらしい。
◆
「なんで……」
なんで彼女は、それを知っているんだろう。
私の一番愛する『ヨゾラにユメを、キミにヒカリを』の、テオドールに負けないくらい好きなヒロインちゃん。『ユメヒカ』の世界を知っているかということは、ここは乙女ゲームの世界──もしくはゲームにとても似通っている世界だと、ヒロイン本人が認識していることになる。それはつまり、彼女もまた、私のようなイレギュラーな存在なんだろうか?
まだ夢を見ているような信じられない気持ちになりながら、思い出して自分の胸元に目をやる。彼女の着けている指輪と同じく、紅い宝玉に銀の葉で縁取られているネックレス。こちらにきてからどうにも首が重いと感じていたけれど、私がベランダでうきうき身につけたものと違って、がっしりのチェーンにペンダントトップもずっと大きく主張しているものに変わっていた。
これはどう見ても、『ユメヒカ』に登場する浄化のアクセサリー……私も着けちゃってますけど?!
「たぶん、あなたも『神の御使い』として召喚されたんだと思うの」
「『神の御使い』……私が……?」
混乱する私にかけてくれた『神の御使い』という言葉に、もしかしてという気持ちがより確かなものに近づく。ここが『ユメヒカ』なら、彼女がヒロインなら、さっきここに来ていた彼らは恐らくゲームの攻略対象達だ。つまり、『彼』に似ていると思った先程の人物はきっと……いや間違いなく、私の好きな、テオドールだったということになる。
「ひえ………」
本当の意味で夢に見た、会いたかったけれど絶対に会えるわけのなかった相手。それが、存在しているの?! いやいやいや、そもそもここが『ユメヒカ』のゲームと全く同じかどうかはわからない。痛みを感じる夢の可能性もあるし……でも……限りなく『ユメヒカ』に近い世界、なら。歓喜や戸惑い、色々な気持ちがない交ぜになる。叫びだしそうになるのを何とか堪えて、それでも抑えきれず頭を抱えてしまった。
「だ、大丈夫? どこか痛いところある?」
「ああの、いや、ごめんね、大丈夫……」
突然の奇行に走る私を心配してくれるヒロインまじ天使。大丈夫だけど、大丈夫じゃないです……
「色々話さなければいけないことがあるけど……まずはこれだけ聞いておきたいの」
「うん」
いかんいかん、今はお話をちゃんと聞かねば。彼女の真剣な面持ちに、私も背筋を伸ばして頷き返す。そして、そのあとに続いたのは──
「もしかしてあなたは、『この世界』を……
『ヨゾラにユメを、キミにヒカリを』を、知ってる?」
「──えっ
………ええっ?!」
全く予想だにしなかった言葉だった。
◆
乙女ゲーム『ヨゾラにユメを、キミにヒカリを』──通称『ユメヒカ』は、自分でヒロインを動かし、時には敵と戦いながら物語を進める、女性向け恋愛シミュレーションRPGだ。
ある日ヒロインは、ファンタジーな異世界アインヴェルトに『神の御使い』として召喚される。その役目はアインヴェルト各地で発生している『穢れ』を祓うこと。穢れを長期間放置するとその土地の力は淀み、痩せて腐り、やがて動物が凶暴化したり魔物が発生したりと、だんだんに荒廃していってしまう。
しかし、アインヴェルトで穢れを祓えるのは光の神の加護を得た異世界人のみ。世界の穢れが増加すると、加護の付与されたアクセサリーがどこからか出現し、それを介して『神の御使い』と成りうる人物を召喚することができるシステムだ。
役目を果たせば元の世界に帰ることが出来ると知り、ヒロインは『神の御使い』としてアインヴェルトの穢れを祓うことを決意する。
『ユメヒカ』において、穢れを祓ってもらうことはその土地の者にとって滅びを免れる大切な手段となるが、『神の御使い』を手元に置くことのメリットはもうひとつある。
祓った穢れはアクセサリーの宝玉に蓄積され、最後には大陸の中央にある光の神の神殿に奉納する。その時に役目を果たしたご褒美として神様から三つの願いを叶えてもらえるのだ。──叶えられる願い事が何故三つなのかというと、アインヴェルトの神話に由来していて、浄化のアクセサリーの要である宝玉とそれを包み込んでいる三枚の若葉が、その神話をモチーフにして作られているらしい。
ともかく、『神の御使い』召喚に成功したならば、あわよくばその願いの枠ももらってしまいたいという考えに至るのは想像に難くないことだ。
アクセサリーは大陸各地にいくつも出現するが、そのすべての召喚は成功するとは限らない。召喚を実行する人物の力量だったり、土地環境にも寄る。そして、失敗した時の反動は大きく、周囲を巻き込んで被害を出す。
そこまで考えて、あることに思い至りハッとなる。序盤で召喚に失敗し滅びた村に訪れるイベントがあった。ヒロインはそこで初めて土地の穢れを祓うのだ。もしかして私がこの世界に来たのは、その召喚が成功してしまった形なんだろうか? きっとあの村の人たちは、土地の穢れを祓う以外に願い事も叶えさせようとしていたのだろう。それならばすんなり言うことを聞かせるため、隷属の儀式を準備していたのも納得できる。
ゲームの話に戻ると、最初はただ元いた世界に帰るためだけに役目を果たしていたヒロインだけれど、旅をするうちに攻略対象達と親交を深めて、特定の相手と恋仲になる。
実は穢れは封印された闇の神の力で──光の神殿に穢れを奉納していたと思いきや、今までの『神の御使い』も闇の神復活の儀式を手伝わされていた訳なんだけれども──復活した闇の神を皆で倒して、救いだした光の神に願いを叶えてもらい、お相手と結ばれる。めでたしめでたし。ちなみに、ハッピーエンドは異世界残留エンドとお持ち帰りエンドの二つ。私は攻略対象の大切にしていたものがあるアインヴェルト残留エンドの方が好きだ。
とまぁ、物語自体はよくある王道という感じだ。王道すばらしい。
◆
「なんで……」
なんで彼女は、それを知っているんだろう。
私の一番愛する『ヨゾラにユメを、キミにヒカリを』の、テオドールに負けないくらい好きなヒロインちゃん。『ユメヒカ』の世界を知っているかということは、ここは乙女ゲームの世界──もしくはゲームにとても似通っている世界だと、ヒロイン本人が認識していることになる。それはつまり、彼女もまた、私のようなイレギュラーな存在なんだろうか?