必要なものも無事手に入れて、街を出発した。スピカの故郷まではあと少し。街を離れると一気にのどかになり、でこぼこの地面になった。
揺れる馬車の中で、スピカが手をそっと繋いできた。……少し不安そうな顔だ。お父さんと村を出てからもう一年くらいになるらしい。久しぶりに帰るのもあり、緊張しているのかもしれない。
「ねぇ、スピカの村のこと、もっと聞かせて」
スピカは微笑んで、手に色々なことを書いて教えてくれる。
森と大きな崖があって、近くにお社がある。石を掘って加工したものを村の外に売りにいく。スピカのバングルも村の人が掘ってくれたものだそうだ。キラキラした石もたくさんあったらしい。もしかしたら、鉱石の加工とかを特産にしているのかな。村の人たちは皆仲が良く、誰もが家族のような感じらしい。
スピカと話をしていると、進行方向からふいに穢れの気配を感じた。テオドールとバルトルトにも伝えて、急いで馬車を進める。
「──っ!」
「今悲鳴みたいなものが聞こえなかった?」
「行くぞ」
森の中を穢れの気配を頼りに進むと、ふさふさとした尻尾が何本もある狐のような動物が暴れているのが見えた。穢れにあてられているようだ。近くに女の人が転んでいるが、この人が悲鳴の主だろうか。とにかく早く何とかしなきゃ。
狐の獣はこちらに気がつくと、大きく吠えて警戒の姿勢を見せる。
「お前はなるべく前に出るな」
「……うん」
すっとテオドールが私を庇うように前に立つ。やっぱりまだこの前のことを気にしているんだなと思ったけれど、その背中を見ているとほっとした。
狐の獣は尻尾を使い石や砂を一度にたくさん飛ばしてくる。これだと簡単には近づくことができそうにない。
「ここは魔法で攻撃しましょう。スピカも、協力してくれますか?」
向き直ったバルトルトの言葉に、スピカが顔を引き締めてこくりと頷く。バルトルトとスピカが息を合わせて、同時に風と炎の魔法を放った。風で威力の強められた炎の塊が狐の獣に命中すると、そのまま形を変えて周りを取り囲み炎の壁となった。
「すごい……」
獣は炎の壁から出られず吠えていたけれど、少し弱ったところで取り巻いていた穢れを祓う。浄化をしたら普通の狐サイズに縮んで、逃げるように森のなかに消えていった。
何度かスピカに協力してもらっているけれど、もうしっかりと制御ができるようだ。スピカがいてくれて良かったな。息をつくと、強ばっていた体から力が抜けた。
そうだ、先程の転んでいた女性は……無事なようだ。魔法と浄化にびっくりしたのか、とても驚いた顔をしている。近づいて様子を見ると、目立った外傷はなさそうだ。
「お怪我はありませんか?」
「あ、ありがとうございます、大丈夫です」
初老の女性は立ち上がり、自身についていた土をぱっぱっと払った。その腕には、どこか見たことがあるようなデザインのバングルをつけている。このバングルは……
「あの、もしかして──」
「……スピカ? ねぇスピカじゃないか!」
私が口を開くのと、女性が驚きの声をあげるのは同時だった。やっぱり、スピカの故郷の村の人なのか。走り寄った女性にスピカはぎゅっと抱きついた。
「お前……どうしたんだい? フランは?」
その人に向かって口をぱくぱくと動かし、何かを差し出す。お父さんの荷物の中から持ってきたものだ。フラン、というのは、お父さんの名前なんだろう。こちらの方を示したりしながら、これまでの経緯を説明しているようだ。すべてを話し終えたのか、スピカを優しく抱き締めたあと女性はこちらの方を向いた。
「……皆さんのおかげで、スピカは一人にならなかったんですね。スピカを助けてくれてありがとうございます」
村に来て休んでいって欲しいと言ってくれたので、このまま一緒に村の方に向かうことにした。……スピカとも、ここでではなくちゃんとしたお別れをしたい。
置いたままの馬車を回収してスピカの故郷の村まで向かう。馬車での移動中、テオドールの頬に少し血が滲んでいることに気がついた。
「テオドール、頬のところちょっと怪我してる」
「ん……ああ、さっきの石がかすったのかもな」
「ちょっと待ってね」
すぐに治癒をかけて………と思ったけれど。
「………え?」
今、治癒魔法をかけようと思ったのに。何故か出てこない。もういちど。かけてみようと試みたけれど……やはりできなかった。
「どうかしましたか?」
「治癒が、うまくできない……みたい……」
……なんで? こういうときは深呼吸をして……魔力の流れを意識してみるけれど、ちゃんと体の中を巡っている感覚がある。他に特におかしいと思うところはない。
「ユウキさん、結構疲れているのではないですか?
村についたら休ませてもらいましょう」
「これくらいの擦り傷、なんてことない」
気にするな、とテオドールは私の頭をぽんぽんと叩いてくれたけれど……
さっきは浄化もちゃんとできたのに。なんでできなかったんだろう。できないのは治癒だけ、なんだろうか。とりあえず今は、バルトルトの言うとおり体を休めるのがいいかもしれない。
揺れる馬車の中で、スピカが手をそっと繋いできた。……少し不安そうな顔だ。お父さんと村を出てからもう一年くらいになるらしい。久しぶりに帰るのもあり、緊張しているのかもしれない。
「ねぇ、スピカの村のこと、もっと聞かせて」
スピカは微笑んで、手に色々なことを書いて教えてくれる。
森と大きな崖があって、近くにお社がある。石を掘って加工したものを村の外に売りにいく。スピカのバングルも村の人が掘ってくれたものだそうだ。キラキラした石もたくさんあったらしい。もしかしたら、鉱石の加工とかを特産にしているのかな。村の人たちは皆仲が良く、誰もが家族のような感じらしい。
スピカと話をしていると、進行方向からふいに穢れの気配を感じた。テオドールとバルトルトにも伝えて、急いで馬車を進める。
「──っ!」
「今悲鳴みたいなものが聞こえなかった?」
「行くぞ」
森の中を穢れの気配を頼りに進むと、ふさふさとした尻尾が何本もある狐のような動物が暴れているのが見えた。穢れにあてられているようだ。近くに女の人が転んでいるが、この人が悲鳴の主だろうか。とにかく早く何とかしなきゃ。
狐の獣はこちらに気がつくと、大きく吠えて警戒の姿勢を見せる。
「お前はなるべく前に出るな」
「……うん」
すっとテオドールが私を庇うように前に立つ。やっぱりまだこの前のことを気にしているんだなと思ったけれど、その背中を見ているとほっとした。
狐の獣は尻尾を使い石や砂を一度にたくさん飛ばしてくる。これだと簡単には近づくことができそうにない。
「ここは魔法で攻撃しましょう。スピカも、協力してくれますか?」
向き直ったバルトルトの言葉に、スピカが顔を引き締めてこくりと頷く。バルトルトとスピカが息を合わせて、同時に風と炎の魔法を放った。風で威力の強められた炎の塊が狐の獣に命中すると、そのまま形を変えて周りを取り囲み炎の壁となった。
「すごい……」
獣は炎の壁から出られず吠えていたけれど、少し弱ったところで取り巻いていた穢れを祓う。浄化をしたら普通の狐サイズに縮んで、逃げるように森のなかに消えていった。
何度かスピカに協力してもらっているけれど、もうしっかりと制御ができるようだ。スピカがいてくれて良かったな。息をつくと、強ばっていた体から力が抜けた。
そうだ、先程の転んでいた女性は……無事なようだ。魔法と浄化にびっくりしたのか、とても驚いた顔をしている。近づいて様子を見ると、目立った外傷はなさそうだ。
「お怪我はありませんか?」
「あ、ありがとうございます、大丈夫です」
初老の女性は立ち上がり、自身についていた土をぱっぱっと払った。その腕には、どこか見たことがあるようなデザインのバングルをつけている。このバングルは……
「あの、もしかして──」
「……スピカ? ねぇスピカじゃないか!」
私が口を開くのと、女性が驚きの声をあげるのは同時だった。やっぱり、スピカの故郷の村の人なのか。走り寄った女性にスピカはぎゅっと抱きついた。
「お前……どうしたんだい? フランは?」
その人に向かって口をぱくぱくと動かし、何かを差し出す。お父さんの荷物の中から持ってきたものだ。フラン、というのは、お父さんの名前なんだろう。こちらの方を示したりしながら、これまでの経緯を説明しているようだ。すべてを話し終えたのか、スピカを優しく抱き締めたあと女性はこちらの方を向いた。
「……皆さんのおかげで、スピカは一人にならなかったんですね。スピカを助けてくれてありがとうございます」
村に来て休んでいって欲しいと言ってくれたので、このまま一緒に村の方に向かうことにした。……スピカとも、ここでではなくちゃんとしたお別れをしたい。
置いたままの馬車を回収してスピカの故郷の村まで向かう。馬車での移動中、テオドールの頬に少し血が滲んでいることに気がついた。
「テオドール、頬のところちょっと怪我してる」
「ん……ああ、さっきの石がかすったのかもな」
「ちょっと待ってね」
すぐに治癒をかけて………と思ったけれど。
「………え?」
今、治癒魔法をかけようと思ったのに。何故か出てこない。もういちど。かけてみようと試みたけれど……やはりできなかった。
「どうかしましたか?」
「治癒が、うまくできない……みたい……」
……なんで? こういうときは深呼吸をして……魔力の流れを意識してみるけれど、ちゃんと体の中を巡っている感覚がある。他に特におかしいと思うところはない。
「ユウキさん、結構疲れているのではないですか?
村についたら休ませてもらいましょう」
「これくらいの擦り傷、なんてことない」
気にするな、とテオドールは私の頭をぽんぽんと叩いてくれたけれど……
さっきは浄化もちゃんとできたのに。なんでできなかったんだろう。できないのは治癒だけ、なんだろうか。とりあえず今は、バルトルトの言うとおり体を休めるのがいいかもしれない。