翌日は少しゆっくりしてから、旅に不可欠な馬車や、他にも必要なものを買い足したりした。そのあとは宿の部屋でそれぞれの準備。でもどこか気が重く、手の動きが鈍くなってしまう。同じく部屋で荷物を整理していたスピカが私の袖をくいくいと引っ張り、だいじょうぶ?と口を動かした。しまった、また心配させてしまったか。……何か気分転換をした方がいいかな。
「ありがとう、スピカ。ねぇ、今日はまたプリンを作らない?」
スピカはぱっと顔を明るくして頷いた。何かを作るのって無心になれるしストレス解消にもなるからな。材料を買い出しに行く準備をしたところで、コンコンと部屋をノックする音がした。……誰だろう? ドア前で声をかけると、テオドールだった。
「あれ、どうしたの?」
「いや………どこか出掛けるのか?」
テオドールは私がマントを羽織っていたのを見てそう聞いた。買い物に行くと伝えると、ついていくと言ってくれた。テオドールかバルトルトに声をかけようと思っていたところだったのでちょうどいい。
空が少しずつ夕暮れてきた中を、二人で市場に向かって歩く。宿を出た辺りから何故か無言なのが気まずい。ちらと隣の様子を伺うと、なんとなく難しい顔をしているけれどいつだかのように怒ってる、というわけでもなさそうだ。
「………………今回は、すまなかったな」
「えっ、と、何のこと……?」
押し黙っていたテオドールに急に話しかけられたのでびっくりする。
「油断したせいであんなやつらに捕まって、お前の側にもいられなかった」
ああ、そうか、賊に襲われたことに責任を感じてるのか。でもあれは、誰にもどうにもできない状況だったと思うけどな。
「ちゃんと助けに来てくれたじゃない?」
私の言葉に、テオドールは自嘲するように息をもらして首を横にふった。
「あと少し早ければ、お前が魔法を使わずに済んだ。もうあんなことがないように、俺とバルトがちゃんと守る。……お前が無事で、本当に良かった」
そう言った顔はどこか苦悶を感じる気がして、なんだか思ったより、テオドールは今回のことを気にしているのかもしれない。
「……ありがとう、テオドール」
気にしないで、なんて言うのは意味のないことだろう。私は皆のように戦える訳ではないし、テオドールの気がかりを解消することはできない。他に何をどう伝えたらいいんだろう。そうして迷っているうちに、街の市場までたどり着いた。
「そういえば、何を買いに行くんだ?」
「プリンの材料だよ」
「ぷりん……ああ、あのお菓子か」
プリンという言葉を聞いて、テオドールの顔がぱっと明るくなった。スピカのときと同じだと思ってつい笑ってしまう。わかりやすくてかわいい反応だ。
「……なにニヤついてんだ」
テオドールはしまったというような表情で、恥ずかしいのを隠すようにぺしっと私の額を軽く叩いた。その気安さに胸の内がかすかにざわつき、でもそれを無視する。
「本当に気に入ったんだなって思って」
「……あれは美味かったからな」
あさっての方向を見ながらも、ちゃんとそう答えてくれるのが嬉しい。
「テオドールのそういうところ、好きだな」
ぽろりと口をついて出た言葉に、自分自身がびっくりする。一体何を口走っているんだ私は!! 昨日バルトルトと話したようなノリで思わず……もちろんこれはテオドールの人として好きなところのひとつだけど……、
「えーと、あの、なんだかんだ言いながらそういう風にちゃんと美味しいって素直に伝えてくれることが、すごく有り難くて、嬉しくて、人として好き…だな…と……」
変な意味じゃないよと表明するために慌てて補足説明を加えるけれど、これは一層恥ずかしくなっただけじゃないのか。ちらりとテオドールの様子を伺おうとするけれど、それより先に大きな手が私の頭を掴んで押し留めた。
「えっ何??」
「あっ、と、悪い」
思わず手が出てしまったようだ。そうは言うものの、テオドールは手をどけない。これはつまり……今顔を見るな、ってこと?
「テオドール、もしかして照れてるの?」
「……うるさい。お前が急に恥ずかしいことを言うからだ」
「えっなんで??見たい!!」
またもや思わず本音がこぼれてしまう。いやでも、テオドールさんの照れ顔、すごく貴重じゃないですか。これは是非見たい。
「……趣味の悪いやつだな」
ため息をついたテオドールに強制的に回れ右させられ、その一瞬ではどんな顔をしているか見ることはできない。すぐ後ろにいるから振り返るなと厳命された。夕陽に伸びた影が重なって、確かにすぐ近くにいるのはわかる。
「えー……」
「ほら、買い物をするんだろ。美味いぷりんを期待してる」
不服そうな私の声にさらに大きくため息をついたテオドールは、後ろからがしがしとちょっと適当に頭を撫でる。そんなこと言われたら、頑張って作らないわけにいかないじゃないか。ずるいなぁ。
「ありがとう、スピカ。ねぇ、今日はまたプリンを作らない?」
スピカはぱっと顔を明るくして頷いた。何かを作るのって無心になれるしストレス解消にもなるからな。材料を買い出しに行く準備をしたところで、コンコンと部屋をノックする音がした。……誰だろう? ドア前で声をかけると、テオドールだった。
「あれ、どうしたの?」
「いや………どこか出掛けるのか?」
テオドールは私がマントを羽織っていたのを見てそう聞いた。買い物に行くと伝えると、ついていくと言ってくれた。テオドールかバルトルトに声をかけようと思っていたところだったのでちょうどいい。
空が少しずつ夕暮れてきた中を、二人で市場に向かって歩く。宿を出た辺りから何故か無言なのが気まずい。ちらと隣の様子を伺うと、なんとなく難しい顔をしているけれどいつだかのように怒ってる、というわけでもなさそうだ。
「………………今回は、すまなかったな」
「えっ、と、何のこと……?」
押し黙っていたテオドールに急に話しかけられたのでびっくりする。
「油断したせいであんなやつらに捕まって、お前の側にもいられなかった」
ああ、そうか、賊に襲われたことに責任を感じてるのか。でもあれは、誰にもどうにもできない状況だったと思うけどな。
「ちゃんと助けに来てくれたじゃない?」
私の言葉に、テオドールは自嘲するように息をもらして首を横にふった。
「あと少し早ければ、お前が魔法を使わずに済んだ。もうあんなことがないように、俺とバルトがちゃんと守る。……お前が無事で、本当に良かった」
そう言った顔はどこか苦悶を感じる気がして、なんだか思ったより、テオドールは今回のことを気にしているのかもしれない。
「……ありがとう、テオドール」
気にしないで、なんて言うのは意味のないことだろう。私は皆のように戦える訳ではないし、テオドールの気がかりを解消することはできない。他に何をどう伝えたらいいんだろう。そうして迷っているうちに、街の市場までたどり着いた。
「そういえば、何を買いに行くんだ?」
「プリンの材料だよ」
「ぷりん……ああ、あのお菓子か」
プリンという言葉を聞いて、テオドールの顔がぱっと明るくなった。スピカのときと同じだと思ってつい笑ってしまう。わかりやすくてかわいい反応だ。
「……なにニヤついてんだ」
テオドールはしまったというような表情で、恥ずかしいのを隠すようにぺしっと私の額を軽く叩いた。その気安さに胸の内がかすかにざわつき、でもそれを無視する。
「本当に気に入ったんだなって思って」
「……あれは美味かったからな」
あさっての方向を見ながらも、ちゃんとそう答えてくれるのが嬉しい。
「テオドールのそういうところ、好きだな」
ぽろりと口をついて出た言葉に、自分自身がびっくりする。一体何を口走っているんだ私は!! 昨日バルトルトと話したようなノリで思わず……もちろんこれはテオドールの人として好きなところのひとつだけど……、
「えーと、あの、なんだかんだ言いながらそういう風にちゃんと美味しいって素直に伝えてくれることが、すごく有り難くて、嬉しくて、人として好き…だな…と……」
変な意味じゃないよと表明するために慌てて補足説明を加えるけれど、これは一層恥ずかしくなっただけじゃないのか。ちらりとテオドールの様子を伺おうとするけれど、それより先に大きな手が私の頭を掴んで押し留めた。
「えっ何??」
「あっ、と、悪い」
思わず手が出てしまったようだ。そうは言うものの、テオドールは手をどけない。これはつまり……今顔を見るな、ってこと?
「テオドール、もしかして照れてるの?」
「……うるさい。お前が急に恥ずかしいことを言うからだ」
「えっなんで??見たい!!」
またもや思わず本音がこぼれてしまう。いやでも、テオドールさんの照れ顔、すごく貴重じゃないですか。これは是非見たい。
「……趣味の悪いやつだな」
ため息をついたテオドールに強制的に回れ右させられ、その一瞬ではどんな顔をしているか見ることはできない。すぐ後ろにいるから振り返るなと厳命された。夕陽に伸びた影が重なって、確かにすぐ近くにいるのはわかる。
「えー……」
「ほら、買い物をするんだろ。美味いぷりんを期待してる」
不服そうな私の声にさらに大きくため息をついたテオドールは、後ろからがしがしとちょっと適当に頭を撫でる。そんなこと言われたら、頑張って作らないわけにいかないじゃないか。ずるいなぁ。