思わず呟いてしまった言葉を拾ったのは、テオドールだった。突然声をかけられて久々にぽんと魔力の塊が飛び出していく。光はそのままテオドールに吸い込まれていった。
なんてタイミングで来たんだろう。どういう意味か、ということは、聞かれてしまったということだ。どくどくと心臓が早鐘のように鳴り出して耳の奥に響く。いや、今のだけではなんのことを指しているかわからないはずだ。なのに何故テオドールは、こんなに真面目な顔をしているんだろう。
「えっと、どうって……なにが??」
私の苦しいごまかしに、テオドールは眉を寄せる。何か言おうとして口を開いて……スピカの方をちらりと見てやめた。
「……今はいい」
それだけ言うと、キッチンから踵を返した。追及されなかったことにほっとしたけれど、今はということは、そのうちまた聞かれるということだろう。うかつだった、気を付けなくては。もし知られたら、この世界に何か変化が起きるだろうか。
それも気になったけれど、先ほどのスピカとの会話も私の胸のなかでぐるぐると渦巻いていた。『彼』とテオドールを比べてしまうことがあっても、さすがにもう同じ人物だとは思っていない。私を助けてくれたのも、笑ってくれたのも、名前を呼んでくれたのも、全部この世界のテオドールだから。……そういえば、いつの間にか私を名前で呼んでくれるようになってたな。いつからだろう。
この世界での出来事は私だけのもので。役目を終えて、できるなら皆を助ける最善のエンドにして。元の世界に帰ったら、それを思い出に今まで通り生きていける。それ以上なんて望まない。この胸の中にある気持ちは最初から『彼』へのものだ。そうであるべきだ。そもそも、ヒロインではない私がそれを望むこと自体烏滸がましいじゃないか。
横にいたスピカが私の服の裾を引いて心配そうに見ている。ずっと無言で、もしかしたら怖い顔になっていたかも。私は安心させるように、そっとスピカを撫でて微笑んだ。
「ごめんね、ありがとう。大丈夫だよ」
その後、クッキーは問題なく焼きあがった。スピカ力作の似顔絵クッキーはそれぞれの特徴をつかんでいてとても似ていたし、テオドールとバルトルトにもよくできていると褒められて嬉しそうだった。
街を出発して数日、今日はスピカとバルトルトが離れたところで魔法の練習をしている。テオドールと野営の準備を進めながら、私は緊張していた。この前はスピカがいたけど、今は二人だけだ。様子をそれとなく伺っていると、テオドールがふっと苦笑した。
「なあ、あの街で言っていたことも気になるが……きっと答える気が無いだろうから、別のことを聞いていいか」
「……うん」
身構えていた私は、テオドールの言うことに拍子抜けしてぽけっと口を開けてしまった。意外な内容に、思わず頷いて続く言葉を待つ。
「お前は、俺のことを知っていたのか?」
ヒュッと喉から空気がもれた気がする。いったいそれはどういう意図の質問だろうか。
「………、……なんで、それを聞いてみようと、思ったの?」
さっそく返答を間違えた気がする。なんでと言ってしまった時点でそれを認めていることになってしまうだろうか。私がうっかりもらした発言より、もしかしたらかなり核心の質問だ。一瞬がとても長い時間に感じる。
ところが、うまく説明できるかわからないがと前置きして続けられたその疑念の根拠に、私は頭を抱えたくなった。
「はじめの頃制御が下手でよく魔力を飛ばしてただろ?
あの光に触れるときいつも、何故かお前は俺のことを知っていると感じたんだ。
ただ、それは俺だが俺じゃない誰かのような気がして……ずっと違和感を持っていた」
それは、要するに、一番最初の時のように感情がそれとなく伝播していたってこと、なんだろうか? その時々の気持ちがだだもれだったかもしれないってこと……??
違和感はつまり、私がずっと『彼』のことを考えたり『ユメヒカ』とどうしても比べていたからなんだろう。
「とりあえず、この前は何か隠しているんだなってことだけは伝わった」
それってほぼ筒抜けじゃないですか!! 追い討ちのようなテオドールの言葉に、申し訳ないやら恥ずかしいやら……脳内で壁にがんがん頭を打ち付けた。
「言いたくないことは言わなくていい。
お前は、『神の御使い』だから俺を知っているのか?」
正直先ほど発覚の事実にそれどころではない気持ちだけれど、再度のテオドールからの問いにハッとなる。まだ話は終わっていない。
これはどう答えたらいいんだろう。そもそも世界に関することになるし、どのように伝えるかは瑠果ちゃんとも相談した方がいいだろうと思う。今は曖昧に濁しておくぐらいしかできない。
「そう、だね。私は、『神の御使い』だから。
この世界の穢れを祓って、貴方たちの願いも叶えたい。……それは本当だよ」
そして私は自分の世界に帰る。それだけだ。
「……俺たちの願い、ね」
納得していない顔ながらも、テオドールはそれ以上深く聞かなかった。
ニコラウスにはうっすらと事情を知っていると伝えたのでもしかしたら問題ないかもしれないし、そうじゃないかもしれない。この世界と皆、その願いを知ってること、私たちが物語と違う動きをしていることも……何を伝えて、何を伝えないようにするのか。単純に出会うずっとずっと前から知っていますって言われても気持ち悪いだろうし、それに──この世界にきて、不思議な力ももらって、浮かれてない、とはいえない。
怖い思いもしたし決して楽な旅では無いのは身をもって知った。けれど、まったく同じではなくても、憧れていた大好きな皆と出会って、どこかでいつも心が弾み、楽しんでいる。きっと皆の願いが叶うと楽観的に思っているから、そんな余裕がある。所詮私はこの世界の部外者だから。こんな不謹慎な気持ちを、知られたくない。要するに、できれば、幻滅されたくないのだ。
私たちは北へと進み、大陸の西北西あたりのところまでやって来ていた。瑠果ちゃんたちと分かれたのが大陸南端だったことを考えると、大分遠くまで旅をしてきたな。位置的にはテオドールとバルトルトの故郷の村が近い。二人とも数年帰っていないらしいし、進行方向的にもちょうど良いので寄って行くことにした。
ゲームでは、それぞれの出身地でイベントがあった。もしかしたら、何かが起きるかもしれない。
なんてタイミングで来たんだろう。どういう意味か、ということは、聞かれてしまったということだ。どくどくと心臓が早鐘のように鳴り出して耳の奥に響く。いや、今のだけではなんのことを指しているかわからないはずだ。なのに何故テオドールは、こんなに真面目な顔をしているんだろう。
「えっと、どうって……なにが??」
私の苦しいごまかしに、テオドールは眉を寄せる。何か言おうとして口を開いて……スピカの方をちらりと見てやめた。
「……今はいい」
それだけ言うと、キッチンから踵を返した。追及されなかったことにほっとしたけれど、今はということは、そのうちまた聞かれるということだろう。うかつだった、気を付けなくては。もし知られたら、この世界に何か変化が起きるだろうか。
それも気になったけれど、先ほどのスピカとの会話も私の胸のなかでぐるぐると渦巻いていた。『彼』とテオドールを比べてしまうことがあっても、さすがにもう同じ人物だとは思っていない。私を助けてくれたのも、笑ってくれたのも、名前を呼んでくれたのも、全部この世界のテオドールだから。……そういえば、いつの間にか私を名前で呼んでくれるようになってたな。いつからだろう。
この世界での出来事は私だけのもので。役目を終えて、できるなら皆を助ける最善のエンドにして。元の世界に帰ったら、それを思い出に今まで通り生きていける。それ以上なんて望まない。この胸の中にある気持ちは最初から『彼』へのものだ。そうであるべきだ。そもそも、ヒロインではない私がそれを望むこと自体烏滸がましいじゃないか。
横にいたスピカが私の服の裾を引いて心配そうに見ている。ずっと無言で、もしかしたら怖い顔になっていたかも。私は安心させるように、そっとスピカを撫でて微笑んだ。
「ごめんね、ありがとう。大丈夫だよ」
その後、クッキーは問題なく焼きあがった。スピカ力作の似顔絵クッキーはそれぞれの特徴をつかんでいてとても似ていたし、テオドールとバルトルトにもよくできていると褒められて嬉しそうだった。
街を出発して数日、今日はスピカとバルトルトが離れたところで魔法の練習をしている。テオドールと野営の準備を進めながら、私は緊張していた。この前はスピカがいたけど、今は二人だけだ。様子をそれとなく伺っていると、テオドールがふっと苦笑した。
「なあ、あの街で言っていたことも気になるが……きっと答える気が無いだろうから、別のことを聞いていいか」
「……うん」
身構えていた私は、テオドールの言うことに拍子抜けしてぽけっと口を開けてしまった。意外な内容に、思わず頷いて続く言葉を待つ。
「お前は、俺のことを知っていたのか?」
ヒュッと喉から空気がもれた気がする。いったいそれはどういう意図の質問だろうか。
「………、……なんで、それを聞いてみようと、思ったの?」
さっそく返答を間違えた気がする。なんでと言ってしまった時点でそれを認めていることになってしまうだろうか。私がうっかりもらした発言より、もしかしたらかなり核心の質問だ。一瞬がとても長い時間に感じる。
ところが、うまく説明できるかわからないがと前置きして続けられたその疑念の根拠に、私は頭を抱えたくなった。
「はじめの頃制御が下手でよく魔力を飛ばしてただろ?
あの光に触れるときいつも、何故かお前は俺のことを知っていると感じたんだ。
ただ、それは俺だが俺じゃない誰かのような気がして……ずっと違和感を持っていた」
それは、要するに、一番最初の時のように感情がそれとなく伝播していたってこと、なんだろうか? その時々の気持ちがだだもれだったかもしれないってこと……??
違和感はつまり、私がずっと『彼』のことを考えたり『ユメヒカ』とどうしても比べていたからなんだろう。
「とりあえず、この前は何か隠しているんだなってことだけは伝わった」
それってほぼ筒抜けじゃないですか!! 追い討ちのようなテオドールの言葉に、申し訳ないやら恥ずかしいやら……脳内で壁にがんがん頭を打ち付けた。
「言いたくないことは言わなくていい。
お前は、『神の御使い』だから俺を知っているのか?」
正直先ほど発覚の事実にそれどころではない気持ちだけれど、再度のテオドールからの問いにハッとなる。まだ話は終わっていない。
これはどう答えたらいいんだろう。そもそも世界に関することになるし、どのように伝えるかは瑠果ちゃんとも相談した方がいいだろうと思う。今は曖昧に濁しておくぐらいしかできない。
「そう、だね。私は、『神の御使い』だから。
この世界の穢れを祓って、貴方たちの願いも叶えたい。……それは本当だよ」
そして私は自分の世界に帰る。それだけだ。
「……俺たちの願い、ね」
納得していない顔ながらも、テオドールはそれ以上深く聞かなかった。
ニコラウスにはうっすらと事情を知っていると伝えたのでもしかしたら問題ないかもしれないし、そうじゃないかもしれない。この世界と皆、その願いを知ってること、私たちが物語と違う動きをしていることも……何を伝えて、何を伝えないようにするのか。単純に出会うずっとずっと前から知っていますって言われても気持ち悪いだろうし、それに──この世界にきて、不思議な力ももらって、浮かれてない、とはいえない。
怖い思いもしたし決して楽な旅では無いのは身をもって知った。けれど、まったく同じではなくても、憧れていた大好きな皆と出会って、どこかでいつも心が弾み、楽しんでいる。きっと皆の願いが叶うと楽観的に思っているから、そんな余裕がある。所詮私はこの世界の部外者だから。こんな不謹慎な気持ちを、知られたくない。要するに、できれば、幻滅されたくないのだ。
私たちは北へと進み、大陸の西北西あたりのところまでやって来ていた。瑠果ちゃんたちと分かれたのが大陸南端だったことを考えると、大分遠くまで旅をしてきたな。位置的にはテオドールとバルトルトの故郷の村が近い。二人とも数年帰っていないらしいし、進行方向的にもちょうど良いので寄って行くことにした。
ゲームでは、それぞれの出身地でイベントがあった。もしかしたら、何かが起きるかもしれない。