旅の仲間にスピカが加わり、前より会話が増えたと思う。喋れない分のフォローをしたり意思確認したりするからかな。スピカとのコミュニケーションを通して、こちらの文字はほとんど読めるようになった。
 スピカの魔力制御の訓練は順調に進んでいた。もともとは落ち着いた性格みたいで、飲み込みも早いようだ。私の時みたいに暴走させて魔力の球が飛んで行くこともない。みっちり魔法を習っているからか、スピカは特にバルトルトに懐いた感じがする。夜は時折涙を流しながら寝ていたりするけれど、褒められて笑ったり、表情も少しずつ出てくるようになってきた。
 私はというと、より実践に向けた魔法を使えるように習練していた。この前の目眩ましが上手くいったのもあって、少し自信がついた気がする。ちなみに、できたらいいなと思っていた治癒の矢は心情的に人に射るのが難しかったので保留にした。万が一の場合少しの躊躇いが状況を左右すると思うし。攻撃用の光の矢でどれくらい威力があるかはまだわからないけれど、本物の矢のように木に刺さるから、たぶん使えるだろう。
 久しぶりに大きな街に寄ったので、物資の調達も含めて数日ゆっくりすることになった。滞在先の宿はキッチンを好きに使ってもいいみたいだから、何かスピカの喜ぶものを作ってあげたいな。
 必要なものを街の市場で揃えつつ、ついでに今日使いたい食材も見てみる。この世界はもとの世界と似たような食材なので難しいことを考えないでいいのがありがたい。
 何を作るのがいいだろう。スピカはそこまで小さくはないけれど、おこさまランチを思うと子供は唐揚げやハンバーグとかオムライスが好きみたいなイメージがある。でもどれもこちらでは食べないような料理だし……いや、せっかくだから異文化交流ってことで、全部作っちゃうか?! 挽き肉なんてミンチにするのも大変だから旅の途中じゃ絶対できない。あとは、何かお菓子の類とか、どうだろう。
「スピカ、甘いものは好き?」
 スピカはこくこくと頷いた。心なしか嬉しそうな顔だ。よしよし。他にも食べられないものなど念のために確認しつつ、色々買い込んだ。
 宿に帰って、早速キッチンを借りてお料理開始だ! 上手いかどうかはおいて、料理をするのは好きな方だったので、久しぶりにちゃんとしたものを作れるのは嬉しい。作り慣れたものだったらそれなりに食べられる味になるはずだ。
「ずいぶん色々買いましたね……」
「こういう時じゃないと作れないものを作るよ!」
「それで、俺たちは何をすればいいんだ?」
「力仕事です!」
 お肉をミンチにするのは男性陣にお任せして、唐揚げやオムライスを作っていく。ポテトも切って揚げるだけだから作っちゃおう……
「ユウキ、肉はこれぐらいでいいのか?」
「うん、ありがとう二人とも! あとは任せて!」
 久々の挽き肉にテンションあがる。香辛料を少しだけ入れて練って、ハンバーグの形に整える。スピカの分は、ワンプレートでおこさまランチみたいにする予定だ。全部作り終わるまでにはすっかり疲れてしまったけど、野営じゃできないものがいっぱい作れて満足だった。
「はい、スピカにはこれだよ! スペシャルおこさまランチです!」
 出来上がった特製おこさまランチをスピカの前に置くと、目がきらきらと輝いた気がして嬉しくなる。私の顔とお皿を何度か見比べていたので、どうぞどうぞと促す。
 オムライスをまず一口食べて気に入ったらしく、どんどん他のも食べ進んでいく。口に合ったみたいでほっと一安心。おこさまランチが綺麗に無くなったところで、今日のもうひとつの目玉、プリンの登場だ。おこさまランチにはやっぱりプリンがなくちゃね! さすがに器から出すのは難しかったので、そのままなのがちょっと味気ないけど。
「プリンっていうお菓子だよ。 二人も、甘いのが大丈夫だったら食べてみて」
「見たことが無い料理ですね……いただきます」
 こちらの世界ではあまりお菓子らしいお菓子は見かけなかったから、どうかな。掬ったプリンの感触に驚いた様子だったけれど、スプーンを口に入れたとたん、顔がぱあっと輝いたのが今度は良くわかった。スピカは私の袖を興奮したように掴み、美味しい!と口を動かしてくれる。うんうん、作った甲斐がある反応だ。
 そういえばテオドールが無言だなと思ってちらりと見ると、なんとプリンは既に空っぽだ。スピカより食べるのが早かった。
「プリン気に入ったの?」
「ああ、美味い」
 シンプルに即答されたので、思わず笑ってしまった。かなりお気に召したようだ。
「兄さん、甘いもの結構好きですよね」
「……出来ればまた食べたい」
 素直に答えてしまったことが照れくさかったのか、ちょっとそっぽを向いて呟いたテオドールの言葉にスピカもうんうんと頷いている。
魔法練習を始めた頃、甘いものを食べたときの幸せな感覚を皆に伝えられたらと思ったけど……本当の意味でその共有ができて嬉しい。

 次の日、せっかく設備もあるのでクッキーを作ることにした。卵を入れずにしっかり焼けばそれなりに日持ちもするかなと思ったので、たくさん焼いて持っていきたい。
 スピカも横で手伝いをしてくれている。今は、作ったクッキー生地を焼く形に整えているところだ。今すぐに食べる分は好きな形にしてもらっている。
「それ、何を作ってるの?」
 スピカは私の手を取って手のひらに文字を書いてくれる。どうやらバルトルトの似顔絵形で、いつも魔法を教えてもらっているお礼らしい。微笑ましくてにやけてしまう。
 スピカはバルトルトが好きだねぇ、と言うと、ユウキもテオドールも好き、作る、と書いて微笑んでくれた。もう可愛いなぁ!ありがとう!!
 スピカは、続けて手のひらに文字を書いていく。
「なになに? ユ、ウ、キ、は、テ、オ、ドー、ル、が……
 えっ」
 ──ユウキは、テオドールがすき?
きっと深い意味はないだろう、それでも少し驚いて、途中で読み上げるのをやめてしまった。好きかと問われればもちろん……好きだ。テオドールもバルトルトもスピカも。でも、含みはなくとも口に出すにはちょっと気恥ずかしい。
「それはもちろん、そうだよ。バルトルトもスピカも、皆」
 ──はなしているときすごくたのしそう、ユウキはいつもテオドールをみてる
 にこにこ嬉しそうなスピカの綴ったその続きが予想外で、動揺する。私はそんなに、指摘されるぐらいテオドールを見てしまっているのだろうか。
 確かに『ユメヒカ』の『彼』は、私の人生とも言える人物だ。簡単には言葉に代えられない想いを持っている。でもこの世界のテオドールは私の好きな『彼』とは違う。
 声も表情も性格も違う。『彼』のように天上天下唯我独尊ってわけじゃないし、なんだかんだと助けてくれるし、甘いものだって好きだし。
 ……いや、こういうのがつまり、テオドールを見ているってことなんだろうか。でも一緒に旅をして知った部分だから、これは私でなくたってわかることだ。確かに、好きだ。でもそれは、人として以上のことは、ない。それに……
「……私はこの物語のヒロインじゃ、ないから」
 そもそも住む世界が違うし、ゲームみたいな奇跡は起こったりしない。だから私は、テオドールにこれ以上深入りは、しない。
「……それは、どういう意味だ?」