目覚めて体を起こすと、どうやら馬車の中のようだ。幌から覗く空は暗く、焚き火の音がパチパチと聞こえてくる。私の隣ではスピカがすうすうと寝息をたてていた。魔力をいっぱい使ったので疲れたんだろう。見たところ大きな怪我はなさそうで良かった。あそこで一人にしてしまったのは失敗だったな……
 スピカの魔力は、思ったより強大だ。制御が上手くできないのはまだ幼いからというのもあると思うけど、今のままは危険かもしれない。果たしてこのまま次の村に連れていくだけで本当にいいんだろうか。
 外ではテオドールが座って火の番をしていた。辺りはすっかり夜で、月の光が木々を照らしている。バルトルトはいないようだ……周囲の警戒に行ってるのかな。
 起き上がった私の気配に気がついて、テオドールがこちらに視線を向ける。私はスピカを起こさないようにそっと馬車から出るとその隣へ座った。
「体はなんともないのか」
「うん。二人も大丈夫だった?」
「ああ」
「スピカ、もうしばらくは一緒にいて魔力制御の訓練をした方が良いのかな……」
「……そうだな。バルトが戻ったら相談するか」
 ………何だか……何だろう? どことなくテオドールがいつもと違う気がする。目が合わないし、声のトーンとか……こう……
「あの、テオドール……もしかして、えーと……怒ってる……?」
 様子をうかがう私の言葉に眉がわずかに寄る。だけど──
「ん……そうだな……怒っているといえば、怒っては……いる」
 テオドールの返事は歯切れがよくない調子だ。少し考えるような、どう言葉に変えたらいいか迷っているような、そんな感じだ。こんなところ初めて見たかもしれない。
「お前は、平和な世界にいたってわりに無茶をするやつだな。
炎の中に飛び込むなんて、何考えてるんだ」
「……えーと、スピカを落ち着かせなきゃって……思って」
「本当にそれだけなのか?」
 頷くと、呆れるようなじとっとした視線を向けられて、軽率な行動を責められているような気分になる。いや、実際責められてもしょうがないのだけど。
「……結果的にあれが一番良かった。だから、今俺が何を言ったってしょうがない」
 テオドールは複雑そうな表情のまま、腕を組んでこちらに向き直った。こんなに真っ直ぐテオドールを見たのも……初めてかもしれない。
「だが、一歩間違ったら自分が大怪我だ。できればあんな危ないことはするな。
 お前みたいな勢いで動くやつには言っても無駄かもしれないが、一応忠告しておく」
 テオドールの言うことはもっともだ。今回はたまたま上手くいったし運良く怪我もなかったけれど、また別の状況だったら私の行動で他の危険をよぶことにもなるかもしれない。それでも私は、同じようなことが起きればきっとまた飛び出すのは止められない、のだと思う。平和な場所で生きてきたからこそかもしれないけれど、これは性分だ。
 答えられないでいると、期待はしてない、と言うようにテオドールは肩をすくめた。でも、私の身を案じてくれていたってことがむずがゆくて、そして嬉しい。これは本人からも聞いたし、自意識過剰の自惚れではない、よね? 仲間と少しでも認めてもらえているんだろうか。
「なにニヤついてんだ」
「テオドール、心配してくれてありがとう」
「………」
 テオドールはばつが悪そうに顔をそらすと、もう一度呆れたようにため息をついた。

 そういえば、光の膜でガードしてたとはいえ体から離れた部分まではそうもいかず、私の髪は結構焦げてちりちりになってしまった。ちょうど長すぎて邪魔になってきたし、少し整えた方がいいだろう。荷物からごそごそとハサミを探しだす。
「なにをするんだ?」
「焦げちゃったし、髪を切ろうかなって」
「確かに、燃えた場所は目立つな」
 こちらのハサミは切れ味は悪いけれど、慣れないナイフよりは確実に扱いやすい。旅の間にも延びてポニーテールができるようになっていた髪を、肩口でざっくりと切り揃える。あとはこの前もらったバンダナで前髪をあげて、これで視界はクリア。走ったり弓を引くときも邪魔にならない!
 視線を感じて横を見ると、テオドールは少し驚いたように目を丸くしていた。じっと見られるのは恥ずかしい……というか切るの失敗してるとか?!
「えっと、変な風に切れてる??」
「いや、焦げた所だけ切るのかと思ったが……」
 良くわからないけど、可笑しそうにテオドールが笑う。うう、その顔が眩しい……とりあえず悪い感じではないからいいのかな。
「ただいま、兄さん。ユウキさんも目が覚めたんですね。良かった」
「おかえりなさい、バルトルト」
 切った髪を焚き火にくべていると、戻ったバルトルトがおや、といった顔で私を見る。
「ユウキさん、髪が短いのもお似合いで素敵ですね」
「あ、ありがとう」
 こういった褒められ方は慣れていないので思わず頬が熱くなる。バルトルトって結構天然で人タラシなところがあるよね……免疫がないとコロっと落ちるやつだ。ゲームをやってて良かった。
「お前よく恥ずかしげもなく言えるな」
「? 似合ってますよね?」
「……似合ってないとは言ってない」
 首を傾げるバルトルトに、テオドールもぼそりと返す。わーなんだかテオドールにまで気を使わせてしまった。少しいたたまれない気持ちになりながらも、やはりそう言ってもらえるのは嬉しかった。
 スピカについてはバルトルトも同じ意見で、できればちゃんと制御ができるまで、一緒に連れていく方が良いだろうとのことだった。魔力は基本誰にでもあるけれど、扱ったり高める術を知っている者はまとまって暮らしていることが多く、スピカレベルの魔力が暴走したときに対処できる人物は普通の村にはいない可能性が高い。少しでも制御の経験を積んで、コントロールできるようにならなくてはならない。

 スピカは目覚めると、ぽろぽろと涙を流しながら抱きついてきた。ごめんなさいと、言われている気がした。
「一人にしてごめんね、怖かったよね」
 そのまま抱き締めて落ち着くように背中を撫でる。バルトルトはスピカの視線に合わせて屈み、優しく話しかけた。
「スピカ。貴女の魔力は大きいので、制御が不安定です。
 きちんと扱えるようになるまで、私たちと一緒に行きませんか」
「危ないものからは、ちゃんと俺たちが守ってやる」
 バルトルトとテオドールの言葉にスピカは頑張って泣き止み、涙を拭ってしっかり頷く。テオドールはぽんぽんとその頭を軽く叩いた。
 スピカの故郷の村は、大陸の北西の方らしい。詳しい位置は彼女にもわからないようだ。北西の方というと、もしかしたらテオドールやバルトルトの故郷にも遠くない所かもしれない。このまま進めば、二人の生まれたあの村も見られるかな。