レオンハルトの故郷は、海のある大きな街だ。家の壁は青空に映える白で石畳の舗装があったり、元の世界のイタリアのようだ。息を大きく吸い込むと、潮の香りがした。こちらの海もやはりしょっぱいんだろうか。
ゲームの中のレオンハルトルートでは、異世界残留エンドでも故郷の街には帰らずアインヴェルトを旅して回るので、本編中のイベントで立ち寄るだけになっていた場所だ。家族に紹介してもらって、一緒にご飯を食べているスチルがあったな。
「ここが俺の家だ!」
まさに今本編のイベントのように、レオンハルトの家の前にいる。家まで行っていいのかなと思ったけれど、好奇心が勝った。ゲームだと家の外観は背景としてなかったし、せっかくなのでしっかりと見ておく。
「ただいま。誰かいるか?」
「……まあ! レオン!」
扉をくぐると、中にはレオンハルトと似た金髪をした初老の女の人が座っていた。雰囲気が良く似ているので、お母さんだろうか。作業を止めておっとりと顔をあげる。
「あら……本当にレオンだわ」
「……にいさん!」
家の奥から、レオンハルトに顔が似ている赤い髪の女の人、ふわふわカールの金髪の女の子も出てきた。レオンハルトのお姉さんと妹さんだ。妹さんの方は、お姉さんの後ろに隠れるようにしてこちらをうかがっている。レオンハルトのお父さんは小さな頃に亡くなっていて、女性ばかりに囲まれて育ったんだよね。
「母さん、姉さんにリリー、久しぶり! 変わらないな」
「あんたこそ元気そうね」
うーん、美形家族。話しているだけでキラキラのオーラが出ている気がする。はきはき姉さんに恥ずかしがりな妹さん……お姉さんの背中に張り付くようにこちらを伺っているリリーちゃんが可愛らしい。目があったのでとりあえず笑ってみたら、さっと隠れてしまった。うん、知らない人が来たら警戒するよねぇ。
レオンハルトのお家でお茶をいただいて、是非泊まっていってくれと言われたけれど丁重にお断りした。これだけの人数が急に増えると色々準備するのが大変だし、良く知らない人が家にいると妹さんも落ち着かないだろうしね。
久々の家族との再会で積もる話もあるだろうということで、レオンハルトを残して他の皆で街の中心へ向かった。
まずは、この街にある光の神殿で支援という名の資金調達。そのあと私はテオドールとバルトルトと供に必要なものを探しに歩いていた。
ちょうどいい機会なので、今後の旅での戦闘について方針を相談したいと思ってたんだ。以前より会話できるようにはなっているけれど……バルトルトはともかく、テオドールは話をちゃんと聞いてくれるだろうか?
「とりあえず、俺たちに守られておけばいい」
「でも……」
「戦いの経験が無いやつは無駄に動くと邪魔になる」
話は終わりと言うように、テオドールは歩いていく。案の定ばっさり切り捨てるような言葉に少しムッとしたけれど、至極もっともな意見にぐうの音も出ない。バルトルトは特に何も言わなかったけれど、だからこそテオドールと同意見のようだ。
そりゃそうだよね。穢れを祓ったあとは文字通りのお荷物になる可能性も高いし。それでも、目眩ましとか守り系でも、何か役に立てることを探したかった。
街のはずれに冒険者でにぎわう酒場があった。こういった場所では魔物や凶暴化した動物の退治なども請け負ってくれるらしい。私たちのこれから進む方向から来た人もいるはずなので、穢れや魔物などの情報を仕入れにきたのだ。
店内に入ると、私は端の方で待っているように言われた。武装した屈強な人たちがお酒を呑んで騒いでいて、少し怖いので助かった。怒鳴ってはいないけれど大きな声を近くで聞くのは、召喚時のことを思い出して体がこわばってしまう。テオドールとバルトルトは手慣れた様子で冒険者たちから話を聞いていく。
色々な武器を持っている人がいるなぁ……大剣に杖に……あ、あの弓はゲーム内のグラフィックで見たことがある気がする!
……弓? そうだ、弓!!
元の世界で、選択体育の授業でやったことがある。和弓だから違うだろうけど、週一で一年触ったから、確実に他のものよりイメージもしやすいはずだ。
「テオドール!バルトルト!弓ならどう?!」
二人が戻ってくるやいなや口を開く。その勢いに、テオドールは少し驚いた顔をした。
「弓? やったことはあるのか?」
「うん、少し」
「実戦は?」
「それはない、けど……」
さっそく言葉に詰まる。さすがに平和なあの世の中、実戦での経験が有るわけない。静かに集中できる環境で、的に向かって弓を引いていただけだ。
それに、正当防衛だとしても、何かに攻撃をする、傷つけるという行為に抵抗もある。だからこそ、武器という形で手元にあるほうが覚悟を固めやすいかも……、とも思ったのだ。さすがにテオドールのような剣の類いやバルトルトのナックルはダイレクトに感触があるので、とても扱えそうにないし。
「危ないからやめておけ」
すげない言葉に、何か説得する材料を探した。せっかくこれだというものがあったんだから、ここは食い下がりたい。
「えっと、そうだ、矢の部分を魔法にするとか!そうすると失敗の危険も減ると思うし、攻撃だけじゃなくて味方への治癒魔法にも使えるかも!
もちろん二人が良いと判断するまでは実戦では使わない! から!」
勢いに任せて言葉を続けると、それまで成り行きを見守っていたバルトルトが助け船を出してくれた。
「兄さん、ユウキさんもこう言っていますし、気持ちを汲んであげたらどうでしょう?」
「お願い、無理だとわかったらちゃんと諦めるから」
眉を寄せてこちらを見ていたテオドールは、大きくため息をついた。
「……わかったよ」
「!! ありがとうテオドール!バルトルトも!」
「良かったですね、ユウキさん」
そうと決まったら、まず弓を手にいれなきゃ。魔法と合わせて使うためにも、どんな風に飛んでいくか、どんな効果を出すか、しっかりとイメージを練っておかねばならない。ふんむと拳を握りしめ決意を固めたところで、テオドールからお言葉がかかる。
「やるからには鍛練も付き合ってやる。俺が教えるんだ、中途半端にはさせないからな」
そう言って、偉そうにニッと笑った。気がつくとまたぽんと自分の中から魔力の光が飛び出る。ああああ……ちょっと、待って、それは、その表情とセリフは反則過ぎる。
「おい……」
「……ユウキさんはやはり、魔力の制御も課題ですね」
呆れたようなテオドールに苦笑するバルトルト。もはや魔力を飛ばすのがお約束のような出来事になってしまったけれど、二人との空気に、このあとの旅も、少なくとも悪いようにはならないだろう予感にほっとした。
酒場では、近場二ヶ所に穢れがあるという情報を手に入れた。浄化がちゃんと一人でもできるか不安を感じていたので、二手に分かれる前に試すにはちょうど良かった。念のため全員でその場所に向かい、私と瑠果ちゃんそれぞれ一人ずつで穢れを祓ってみる。どちらも問題なく浄化できたので、ひと安心だ。たまたま穢れも少なかったのか、はたまた浄化に慣れてきたからなのか、浄化後も疲労感だけで倒れるまではいかなかったのも嬉しい。
これで、予定通り二手に分かれて出発できそうだ。瑠果ちゃんはレオンハルトアルフレートと東へ、私はテオドールバルトルトと西方面に。
魔力を通すと連絡のとれる不思議道具があるので、定時連絡にはこれを使う。二つで対になっていて、対のもの同士だけ、なんとホログラムのような映像つきで会話をすることができる。映像つきトランシーバーみたいなものかな。便利!
そういえば、この世界にも暦の概念は存在している。一週間は七日で、四週間で一月。十二ヶ月にプラス年末年始にあたるような期間として、二週間どこの月にも属さない期間がある。これで一年だ。
定時連絡は一週間に一回、可能なら全員揃って。何か不都合があればすぐに合流すること。どんなときも『神の御使い』の身柄が最優先、らしい。
「悠希さん、ここまで一緒に来てくれてありがとう。とっても心強かった!」
「私の方こそ……、瑠果ちゃんと色んなお話が出来て楽しかったよ!」
ぎゅっと私の手を握って、瑠果ちゃんは花のように笑う。
「無理しないで、体を大事にしてね」
「悠希さんこそ。無事に目的を果たせるように頑張ろう!」
私たちは同志だ。『ユメヒカ』が大好きで、お互いの望み──この『ユメヒカ』に良く似た、大好きな人たちとその世界を助けたいという同じ願い。世界に影響を与えるその自己満足な願いが正しいかは知らないが、その力があるなら使わせてもらおう。握った手から、そっと暖かい魔力が流れてくる。頷きあって、私たちは反対方向へ出発した。
ゲームの中のレオンハルトルートでは、異世界残留エンドでも故郷の街には帰らずアインヴェルトを旅して回るので、本編中のイベントで立ち寄るだけになっていた場所だ。家族に紹介してもらって、一緒にご飯を食べているスチルがあったな。
「ここが俺の家だ!」
まさに今本編のイベントのように、レオンハルトの家の前にいる。家まで行っていいのかなと思ったけれど、好奇心が勝った。ゲームだと家の外観は背景としてなかったし、せっかくなのでしっかりと見ておく。
「ただいま。誰かいるか?」
「……まあ! レオン!」
扉をくぐると、中にはレオンハルトと似た金髪をした初老の女の人が座っていた。雰囲気が良く似ているので、お母さんだろうか。作業を止めておっとりと顔をあげる。
「あら……本当にレオンだわ」
「……にいさん!」
家の奥から、レオンハルトに顔が似ている赤い髪の女の人、ふわふわカールの金髪の女の子も出てきた。レオンハルトのお姉さんと妹さんだ。妹さんの方は、お姉さんの後ろに隠れるようにしてこちらをうかがっている。レオンハルトのお父さんは小さな頃に亡くなっていて、女性ばかりに囲まれて育ったんだよね。
「母さん、姉さんにリリー、久しぶり! 変わらないな」
「あんたこそ元気そうね」
うーん、美形家族。話しているだけでキラキラのオーラが出ている気がする。はきはき姉さんに恥ずかしがりな妹さん……お姉さんの背中に張り付くようにこちらを伺っているリリーちゃんが可愛らしい。目があったのでとりあえず笑ってみたら、さっと隠れてしまった。うん、知らない人が来たら警戒するよねぇ。
レオンハルトのお家でお茶をいただいて、是非泊まっていってくれと言われたけれど丁重にお断りした。これだけの人数が急に増えると色々準備するのが大変だし、良く知らない人が家にいると妹さんも落ち着かないだろうしね。
久々の家族との再会で積もる話もあるだろうということで、レオンハルトを残して他の皆で街の中心へ向かった。
まずは、この街にある光の神殿で支援という名の資金調達。そのあと私はテオドールとバルトルトと供に必要なものを探しに歩いていた。
ちょうどいい機会なので、今後の旅での戦闘について方針を相談したいと思ってたんだ。以前より会話できるようにはなっているけれど……バルトルトはともかく、テオドールは話をちゃんと聞いてくれるだろうか?
「とりあえず、俺たちに守られておけばいい」
「でも……」
「戦いの経験が無いやつは無駄に動くと邪魔になる」
話は終わりと言うように、テオドールは歩いていく。案の定ばっさり切り捨てるような言葉に少しムッとしたけれど、至極もっともな意見にぐうの音も出ない。バルトルトは特に何も言わなかったけれど、だからこそテオドールと同意見のようだ。
そりゃそうだよね。穢れを祓ったあとは文字通りのお荷物になる可能性も高いし。それでも、目眩ましとか守り系でも、何か役に立てることを探したかった。
街のはずれに冒険者でにぎわう酒場があった。こういった場所では魔物や凶暴化した動物の退治なども請け負ってくれるらしい。私たちのこれから進む方向から来た人もいるはずなので、穢れや魔物などの情報を仕入れにきたのだ。
店内に入ると、私は端の方で待っているように言われた。武装した屈強な人たちがお酒を呑んで騒いでいて、少し怖いので助かった。怒鳴ってはいないけれど大きな声を近くで聞くのは、召喚時のことを思い出して体がこわばってしまう。テオドールとバルトルトは手慣れた様子で冒険者たちから話を聞いていく。
色々な武器を持っている人がいるなぁ……大剣に杖に……あ、あの弓はゲーム内のグラフィックで見たことがある気がする!
……弓? そうだ、弓!!
元の世界で、選択体育の授業でやったことがある。和弓だから違うだろうけど、週一で一年触ったから、確実に他のものよりイメージもしやすいはずだ。
「テオドール!バルトルト!弓ならどう?!」
二人が戻ってくるやいなや口を開く。その勢いに、テオドールは少し驚いた顔をした。
「弓? やったことはあるのか?」
「うん、少し」
「実戦は?」
「それはない、けど……」
さっそく言葉に詰まる。さすがに平和なあの世の中、実戦での経験が有るわけない。静かに集中できる環境で、的に向かって弓を引いていただけだ。
それに、正当防衛だとしても、何かに攻撃をする、傷つけるという行為に抵抗もある。だからこそ、武器という形で手元にあるほうが覚悟を固めやすいかも……、とも思ったのだ。さすがにテオドールのような剣の類いやバルトルトのナックルはダイレクトに感触があるので、とても扱えそうにないし。
「危ないからやめておけ」
すげない言葉に、何か説得する材料を探した。せっかくこれだというものがあったんだから、ここは食い下がりたい。
「えっと、そうだ、矢の部分を魔法にするとか!そうすると失敗の危険も減ると思うし、攻撃だけじゃなくて味方への治癒魔法にも使えるかも!
もちろん二人が良いと判断するまでは実戦では使わない! から!」
勢いに任せて言葉を続けると、それまで成り行きを見守っていたバルトルトが助け船を出してくれた。
「兄さん、ユウキさんもこう言っていますし、気持ちを汲んであげたらどうでしょう?」
「お願い、無理だとわかったらちゃんと諦めるから」
眉を寄せてこちらを見ていたテオドールは、大きくため息をついた。
「……わかったよ」
「!! ありがとうテオドール!バルトルトも!」
「良かったですね、ユウキさん」
そうと決まったら、まず弓を手にいれなきゃ。魔法と合わせて使うためにも、どんな風に飛んでいくか、どんな効果を出すか、しっかりとイメージを練っておかねばならない。ふんむと拳を握りしめ決意を固めたところで、テオドールからお言葉がかかる。
「やるからには鍛練も付き合ってやる。俺が教えるんだ、中途半端にはさせないからな」
そう言って、偉そうにニッと笑った。気がつくとまたぽんと自分の中から魔力の光が飛び出る。ああああ……ちょっと、待って、それは、その表情とセリフは反則過ぎる。
「おい……」
「……ユウキさんはやはり、魔力の制御も課題ですね」
呆れたようなテオドールに苦笑するバルトルト。もはや魔力を飛ばすのがお約束のような出来事になってしまったけれど、二人との空気に、このあとの旅も、少なくとも悪いようにはならないだろう予感にほっとした。
酒場では、近場二ヶ所に穢れがあるという情報を手に入れた。浄化がちゃんと一人でもできるか不安を感じていたので、二手に分かれる前に試すにはちょうど良かった。念のため全員でその場所に向かい、私と瑠果ちゃんそれぞれ一人ずつで穢れを祓ってみる。どちらも問題なく浄化できたので、ひと安心だ。たまたま穢れも少なかったのか、はたまた浄化に慣れてきたからなのか、浄化後も疲労感だけで倒れるまではいかなかったのも嬉しい。
これで、予定通り二手に分かれて出発できそうだ。瑠果ちゃんはレオンハルトアルフレートと東へ、私はテオドールバルトルトと西方面に。
魔力を通すと連絡のとれる不思議道具があるので、定時連絡にはこれを使う。二つで対になっていて、対のもの同士だけ、なんとホログラムのような映像つきで会話をすることができる。映像つきトランシーバーみたいなものかな。便利!
そういえば、この世界にも暦の概念は存在している。一週間は七日で、四週間で一月。十二ヶ月にプラス年末年始にあたるような期間として、二週間どこの月にも属さない期間がある。これで一年だ。
定時連絡は一週間に一回、可能なら全員揃って。何か不都合があればすぐに合流すること。どんなときも『神の御使い』の身柄が最優先、らしい。
「悠希さん、ここまで一緒に来てくれてありがとう。とっても心強かった!」
「私の方こそ……、瑠果ちゃんと色んなお話が出来て楽しかったよ!」
ぎゅっと私の手を握って、瑠果ちゃんは花のように笑う。
「無理しないで、体を大事にしてね」
「悠希さんこそ。無事に目的を果たせるように頑張ろう!」
私たちは同志だ。『ユメヒカ』が大好きで、お互いの望み──この『ユメヒカ』に良く似た、大好きな人たちとその世界を助けたいという同じ願い。世界に影響を与えるその自己満足な願いが正しいかは知らないが、その力があるなら使わせてもらおう。握った手から、そっと暖かい魔力が流れてくる。頷きあって、私たちは反対方向へ出発した。